2012年3月16日金曜日

Ⅵ 12.日本近代史とエネルギー 13.明るい未来への道筋


12.日本近代史とエネルギー

 東日本大地震・大津波とそれによっておこされた東電福島第一原発の事故はわが国の大なる災害であり、その被災者には深く同情する。しかしこの大被害も、あえて強弁することを許されるならば、日本の未来に対する進路を示してくれたものだと解釈できるのではないか。
 思えば明治維新以来、日本の歴史に突如、大問題としてあらわれたのはエネルギー源の問題であった。近代国家を造り、かつ栄えるためには、まず化石燃料が必要であった。新しいエネルギーを使うことなくして、「富国強兵」の「富国」はありえない。

 イギリスが世界に先んじて産業革命を起こして世界に覇を唱えることができたのは、石炭の新しい使い方を発見したことと、炭田を国内に持っていたからである。開国した日本には幸いに石炭があり、その新しい利用法を先進国に学び、白人国家以外でははじめて産業革命を成功させ、近代国家への道を進むことができたのであった。
 しかし、その限界が見えはじめたのは日露戦争以後である。日露戦争から十年も経たないうちに勃発した第一次欧州大戦では、エネルギーの主体が石炭から石油に代わってきていることがはっきりしてきた。
 イギリスの海軍大臣チャーチルはフィッシャー提督の献言を入れ、軍艦の燃料を石炭から石油に変える方針を立て、また陸戦では騎兵の代わりに(彼自身は騎兵学校出身だったが)タンク、つまり石油で動く戦車を導入した。空中戦もはじまった。飛行機が石炭で飛ぶわけがなく、全て石油でプロペラは回る。イギリスは中東の石油を手に入れることにした。

エネルギー転換に衝撃
 この歴史的なエネルギー転換で最も恐怖を覚えたのが、日本の軍部でもある。軍艦も戦車も飛行機もすべて石油がなければ動かないのに、日本では石油は出ないに等しい(新潟沖で少し出たが問題にならない)。第一次大戦の観戦に出かけた日本の軍人たちは、陸軍も海軍も今後の戦争で、このままでは日本必敗を確信するに至った。この頭が空の日本の軍部のリーダーたちは、日本必敗の筋道を見て、みんな少し頭がおかしくなったのだ。秋山真之のように本当におかしくなった人もいる。近代戦をやるエネルギー源が日本にはないからだ。
 そのうち、石油を握っているアメリカの大統領に日米開戦必須論者のF・ルーズベルトがなった。そしてついに、アメリカは日本に石油を売らないことになり、その圧力を受けてオランダも蘭印(インドネシア)の石油を売らないと言い出した。

 元来は対米開戦反対論者だったといわれる連合艦隊司令長官・山本五十六が、真珠湾攻撃のための訓練開始を命じたのは、この石油問題が起こってからである。日米開戦を避けるために誕生した東條内閣、対米開戦反対論者が多かったその閣僚たちーこの人たちが一転して開戦に賛成したのは、アメリカとの話し合いにおいて、アメリカ側に譲歩の色がまったく見えず、ぐずぐず交渉を続ければ保有の石油が減り続けていくばかりで、日本の軍艦が動けなくなり、飛行機も飛べなくなることがわかったからである。まことに昭和天皇の戦後のお言葉にもあるように、「かの大戦の近因はアメリカによる石油禁輸であった」のである。
 石炭の時代だったらアメリカと戦争する必要もなく、そんなことを考える日本人もいなかった。まことに二十世紀初頭におけるエネルギー転換のため、日本の歴史は日米開戦になってしまったのである。

 日米開戦が石油問題の突発からはじまったことを示す傍証のようなものを私は体験した。それは、私が中学に入学した昭和18(1943)年の教科書である。英米と戦いをはじめてから一年半近く、イギリス領香港も、シンガポールもラングーンも日本が占領しているのに、英語の教科書にはイギリスの王冠が刷ってあり、内容も平和なものであった。そのほかに学科の教科書もみな戦前と同じであった。
 これは開戦が急であったため、新しい教科書の準備をさせる時間が文部省になかったことを示している。粗末な戦時的教科書が配布されたのは昭和十九年四月、つまり敗戦の一年数力月前である。いかに石油問題の悪化が急に進行したのであるかわかる気がする。
 そして日本は手持ちの石油をほぼ使い果たした頃に、原子爆弾という新しいエネルギーの登場によって止めを刺されたのである。

原発関係者に感謝
 戦後の復興は日本人の努力、頑張り、工夫もさることながら、エネルギーの心配がなくなったことによるものである。中東の油田の産出量はそれまでの常識を超えるものであった。石油の値段は安かった。日本は世界最大のタンカーを造り続けた。民間人も石油ストーブを使えるようになったのである。

 戦争中に「石油の一滴は血の一滴」と言われて育った私は、石油ストーブに石油を入れる時、「信じられない時代が来た」と、うたた今昔の感に堪え難いものがあった。
 ところが、オイルショックがやってきた。産油国が同盟して値上げをしてきたのである。石油輸出国機構が原油の値上げを発表した第二次オイルショックのニカ月後の昭和546月に、東京サミットが開かれた。その時、大平首相が石油輸入問題について努力する姿が痛々しかった。大平さんも、石油のために日本が大戦に突入せざるを得なかった時代を体験した人なのである。

 エネルギー問題は日本の歴史を一転させることができるし、戦後の繁栄をパーにする可能性もあることをよく知っておられたのだ。この一年後に大平さんは急死されたが、それは政局のみならず、石油の問題が心臓に悪かったのではなかったかと私は思っている。
 戦後の高度成長期のように、エネルギーを石油に頼り続けることの危険性は有識者には明白なことであった。最も効率が良いのが原発であることはあきらかであった。

 しかし、原子力船「むつ」を廃船にし、第五福竜丸の死者の原因を核の灰のせいだと虚報を流し続け、反米運動と反核運動が一緒になった左翼と歩調を合わせ続ける雰囲気のなかで、それにもめげずに原発採用に踏み切った自民党内閣や通産省、それに原発の技術を向上させ続けた電力会社の関係者には、頭が下がる思いがする。
 それで日本の歴史は再びエネルギーの問題から開放されたかに思われた。ところがそこに、福島での事故が起こったのだ。それとともに現れた反原発論者の有り様は「古事記」に「之を以って悪神の音、狭蝿姐す皆沸き、萬物の妖悉に発りき」と描写されているような感じである。

 地球温暖化防止のためには、化石燃料より原発がよいという意見が支配的になったため、このところ反原発運動者はおとなしくなっていた感じであった。それが福島の事故を種にして、突如として『古事記』による夏の小蝿のように湧き出てきたのである。最近もピースボートが反原発の集会をやったと報道されたが、彼らの正体はわかっているではないか。

13.明るい未来への道筋
 しかし福島の不幸は、日本にエネルギー問題のあり方と、将来の日本の歴史の進み方を示してくれたものと私は捉える。
 まず、狭蝿なす反原発論者の主張とは反対に、現実は日本の原発の安全度が極めて高いことを世界に示すことになったのだ。日本政府はこれを振りかざして、原発を世界に売ることを国家目標にすべきである。中国やインドのような大人口の国が近代化をやれば、エネルギー問題だけで地球が壊れ、温暖化が進んで太平洋の小島が沈むような事態になるであろう。資源獲得に狂奔するいまの中国の姿を見よ。
 原発は地球を守る力がある。中国は百基単位の原発を造る計画らしいが、それは日本製にしたほうが安心である。ロシアも同じだ。アフリカや東南アジアにも日本の原発が置かれるべきだ。

 曽野綾子さんも言っているように、電気のないところに民主主義はありえない。不潔・不便な生活環境も電気なしでは変えることは不可能である。水洗便所も高層マンションも電気あっての話だ。「光は日本より」がモットーとして掲げられてよい。日本自体の受ける利益も、他国に与える利益に劣らず巨大である。
 よく武器を売った国と買った国の関係は強まるという。当然のことである。エネルギー源を提供する国とされる国との関係も強くなる。しかも平和的に強くなる。日本外交の国際社会における役割も、日本製原発の普及とともに、平和的に増大するであろう。
 さらに経済的にいえば、一件数千億円もの輸出になる。GDPも楽に上がる。それに比例して税収も増加する。増税が不要になるどころか、累積赤字をも消す力があるだろう。

 そんなことよりさらに重要なのは、「もんじゅ」を成功させることである。「もんじゅ」こそは究極の理想的エネルギー源である。私はかつて福田信之先生-筑波大学設立の功労者から直接お聞きした言葉をいまも忘れることができない。
 「渡部君、"もんじゅ"が成功すると、日本は百年、千年単位でエネルギー問題に悩まされなくなるんだよ」と。

 福田先生は、戦時中は仁科研究室で原爆の研究をなさっていた人である。ビジョンのある人だった。筑波大学ができたのちに、イギリスのサッチャー首相が「日本恐るべし」というような発言をしたが、それは筑波大学の構想を知ったときである。残念ながら、「もんじゅ」はナトリウムが管に付着したとかいう故障のため止められた。唐津一氏は私に、「原発のことになるとマスコミは故障も事故と騒ぐので困る」と言われたことがある。同じようなことはのちにも起こった。原発の故障をいちいち事故だと大騒ぎし、そのたびに何ヵ月も何年も停止していては、計画は進まない。

日本の救世主
 「もんじゅ」は、日本が国家的目標の第一として揚げるべきものなのである。「はやぶさ」もすごい。スーパーコンピューターもすごい。そのなかでも「もんじゅ」が成功すれば、それはケタの違った大きな成功なのである。日本だけでなく、世界が大歓迎するであろう。
 日本が最初は原発の輸出からはじめて、そのうち「もんじゅ」の輸出になれば、地球万歳ということになるのだ。そしてそのことは明治開国以来、日本の最大の問題、そして大戦開始という残念な事態と、原爆による終戦という悲劇の原因となったエネルギー問題から半永久的に日本を解放してくれるのである。

 それでも原発反対の人たちは耳を傾けないだろう。卵を食わされたウサギのコレステロール神話がまだ通用しているのだから。しかし、非常に簡単な例を挙げるべきであろう。
あのチェルノブイリの原発事故,本物の暴走だったですらも、直後に火災と思って飛び込んだ消防士を含めても、死者は百人にもなっていないこと。福島の事故でも放射線による死者はゼロであること。
 これに反して、福島の事故で胆を潰して脱原発を決めたドイツでは、チェルノブイリのあと、いままで自動車事故で約20万人以上が死んでいる。日本でも福島の事故のあとで自動車事故死者の数は数千人である。福島の原発では死者ゼロであるが、数日間の大雪での死者は50人を超えた。福島の「汚染」した表土除去よりも、除雪のほうが人命への問題としてはずっと大きかった。

 原発事故より数千倍、数万倍も死者を出す自動車には脱自動車運動はほとんど聞かれないのに、自動車事故死に比べれば死者は零に近いと考えてもよいくらいの原発には病的な脱原発運動が燃え上がるのはなぜか。毎年、確実に死者の出る除雪になぜ、人権運動家たちは燃え上がらないか。それは元来が、昔はソ連・中国、いまは韓国がらみの反核イデオロギー運動であったから、反核運動家たちは事実にはいっさい目を向けず、嘘を造り上げて先導してきたからである。

 日本の政府、地方自治体、電力会社は、こういうイデオローグたちに操られた動きには毅然として対応し、真実を自信を持って国民に説き続け、国策としては原発の輸出、さらに大目標として「もんじゅ」の完成ということを国民に示していただきたいものである。


                            終り
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