2017年8月15日火曜日

平成28年度の食料自給率38%に!


農水省の食料自給率のプレスリリースの情報を、庄内テロワールから頂戴しました。


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2.平成28年度の結果

(1)食料自給率

カロリーベース食料自給率
平成28年度においては、小麦及びてんさい等について、作付面積は拡大したものの、天候不順により単収が落ち込み生産量が減少したこと等により、38%となりました。

生産額ベース食料自給率
平成28年度においては、野菜及び果実について、輸入額が減少する中で国内生産額が増加したこと等により、68%となりました。

(参考)都道府県別食料自給率

食料自給率の向上に向けた地域段階の取組の推進に資する参考データとして、平成27年度の都道府県別食料自給率も併せて試算しております。
URL:http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/zikyu_10.html

3.更に詳しく知りたい方

お問合せ先
大臣官房政策課食料安全保障室
担当者:田谷、戸巻、岡田
代表:03-3502-8111(内線3807)
ダイヤルイン:03-6744-0487
FAX番号:03-6744-2396
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2017年8月7日月曜日

長野県畜産試験場では耕畜連携実証試験


初めて、長野県畜産試験場を訪問しました。

耕畜連携実証試験の準備が整い、いよいよ豚の飼育が始まります!
リポートしました。

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 4日のことでした。長野県の「食の地消地産アドバイザー」である松尾さんの
随行員として、私とNPOの齋藤理事長2人が、塩尻市IC近くにある長野県畜産試
験場を訪問しました。松尾さんの計らいで勉強させていただいたのです。

 508号には、小諸市にある長野県野菜花き試験場佐久支場において、畑作物と
工業者及び販売業者との連携実証実験について見学会が行われたと書きました
が、畜産試験場では畜産、特に豚の飼育と豚肉加工業者及び販売業者との連携実
証試験が進行しています。

 現在2年目を経過中で、今冬からこの実証のための豚の飼育が始まり、来春には
加工できるようになるそ
うです。松尾さんは、耕
畜連携の最終目標からバ
ックキャスティングで計
画されたマイルストーン
(中間目標)の確認に来
られたのでした。

 山形大学の実証実験か
ら1年遅れでスタートし
た長野県農政部の農工・耕畜連携実証実験ですが、話を聞いていると、大学と農
政部との情報交換と連携がうまく行ってるようです。この実証試験は非常に大き
な意味を持っていると思います。

 恐らく、農工・耕畜連携を前提とした畑作の輪作実験は日本初ではないでしょ
うか。日本の農業にとって革命的な実験になると思います。県民として、阿部知
事と農政部の決断に大きな敬意と感謝を申し上げます。長野県が農業の先進地と
して脚光を浴びる日がくると思います。

 畜産試験場のご紹介をします。もちろん、私も齋藤さんもこの施設を見るのは
初めてでした。無責任な感想を一口で言えば、素敵な試験場でした。
 八ヶ岳中信高原国定公園高ボッチを背にして南東向きのゆるやかな斜面に、
牛、豚、鶏の様々な用途の畜舎が区画分けされて並び、周辺には飼料用作物が栽
培されていました。

 地図から見た私の見当ですが、面積は16ヘクタールほど、ゴルフ場にしたら3
ホール分ほどでしょう。畜舎も堆肥舎も綺麗に清掃されていて、飼料用作物の成
育も良いように見えました。家畜の疫病対策でしょう、出入り車両や人の消毒に
よる衛生管理も行われていました。車が所定の場所を通過すると自動的に噴霧消
毒されます。

 松尾さんは、民間畜肉加工業者との連携の重要性と、世界一の豚肉加工品=ハ
ム、ソーセージ、ベーコンを作るんだ、と強調されていました。来春には加工に
回せるとのことでした。

 贔屓目でしょうか、職員の方々が積極的に取り組んでいるように感じられまし
た。この取り組みが良い結果を出すことを願いながら見学させて頂きました。

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長野県の自給圏構築への挑戦


ついにベールを脱いだ長野県の自給圏構築への挑戦!
リポートしました。

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「地域食料自給圏実証実験」事業への取り組み 長野県農政部が初公開

松尾雅彦アドバイザー
 長野県の阿部守一知事は昨年4月、「地域食料自給圏構築」の実証実験事業を始めるに当たり、カルビー株式会社元代表取締役現相談役松尾雅彦氏を「食の地消地産アドバイザー」に委嘱した。   
 
 同時に県農政部は構想の実証試験を始めると発表した。しかし、信濃毎日新聞の記事によると、昨年9月時点では「準備を進めている段階」とのコメントに留まり、開始時期については危ぶまれていたが、去る7月14日、長野県野菜花き試験場佐久支場(小諸市大字山浦:長野県農業 大学校小諸キャンパスに併設)において見学会が開催され、計画の全容と現状が明らかにされた。主催は長野県農政部だが、主催者は松尾雅彦アドバイザーである。


 佐久支場は、しなの鉄道小諸駅から車で10分もかからない御牧ケ原(みまきがはら)地域にある。御牧ケ原は標高約800メートル、東に浅間連峰、南に蓼科山と八ヶ岳を望む風光明媚で緩やかな起伏が広がる台地である。台地ゆえに水が乏しく昔より畑作が多く行われてきた。松尾氏が、日本一美しい農村風景と評される北海道美瑛町と同じになれる可能性があると説く所以である。
  見学会は、昨年夏まで草地だっというほとんど平坦で北側には雑木林がある実験圃場の前で行われた。
 参加者は50名ほど。農業関係者と見られる人々が多かったが、若い人が半数近くいたのにも驚かされた。農業に若い人たちの関心が高まっているのが伺える。

 開会に続いて、主催者である松尾アドバイザーの挨拶と説明があった。配布されたレジュメを見ながら10分ほど。以下に内容を箇条書きする。

[松尾雅彦アドバイザー説明要旨]

・阿部知事は「地消地産」を県政の重要課題としている。この計画はその実現を目指すもの。
・日本全体の食料自給率が73%から39%に下がり、危機的な状況である。
・日本人の主食が肉になり、米国から買う餌で肉を作るようになった。これが根本問題である。
・穀物(小麦、大豆、トウモロコシ等)の大半が輸入である。これが家畜の餌にもなるので、せ めて50%の地域内自給としたい。
・穀物が採れると、加工場が農村にでき、働く人々が増えると農村が一番豊かな地域になる。
・それを実証するため、この試験場で穀物栽培の実証を始めたが、まず慣行栽培から始め、先進国で実証されている理想の栽培形態を5年かけて確立していく。


・野菜の馬鈴薯と穀物の馬鈴薯があるが、根本が違う。この違いも検証する。カルビー株式会社 は1500億円の馬鈴薯製品を作っているが、全部穀物の馬鈴薯である。
・現在一般には米と野菜と果物の農業をやっている。これからはこれらに加えて、畑作穀物と畜 産を行う。これをやると循環型になる。
・私たちが目指しているのはこの循環型農産業構造を東信地域で実現しようということ。

・今までは作ったものを市場に出して終わっていたが、これからは加工業者や畜産業者と手を結 んで循環型の仕組みにしなければならない。この団体戦となる農工連携と耕畜連携を実証するのが今回の実証実験の目的である。
・日本の農家は手の結び方が判らない。手を結ぶということは団体戦を闘うということ。そのた めには契約が大事なのだがそれを守るのが難しい。しかし、やっていかなければならない。
 ・王・長嶋が活躍できたのは、ジャイアンツがあり、セ・リーグがあり、日本野球機構があって、団体戦の仕組みがあったからでである。
・農産業による地域内団体戦の仕組みを作らなければならない。
・そのためには、従事する人々を育て、情報を与え、問題解決をしてくれるプラットフォームが必要である。それが農業試験場であり、大学の農学部などである。
・この試験場で4種類の穀物を作っている。それらが地域の加工業者と契約栽培により規格内品は加工食品になるが、規格外品は飼料として畜産側に無料で提供されます。反対に畜産農家から耕種農家には無料で堆肥が供給されます。この循環体系の成立がこのシステムの焦点です。規格外品と加工残滓を飼料にすることで現状50%以上の飼料コストを1/3に削減し、地元産のハム・ソーセージ・ベーコンになり、畑作穀物は厳選されることで優れた品質の加工食品になり、ウィン・ウィンの関係が構築できる。
・作物栽培は地域性が大切。地域の特性や気候・風土等から長野県を分けてみると、7つとなり、ここは東信地区として一体感を持った地域として考えることができる。人口約42万人で程よい人口である。 
・東信地域は日本でも最も恵まれた地域と言って良い。パッチワークの丘と呼ばれる北海道美瑛町と同じ美しい景観を作ることができる。こういうビジョンをもって、この実証実験事業を進めて頂きたい。
・長野県に先立って、山形大学農学部で平成28年度から実証展示圃の実験が行われており、豚肉の加工品ができ、試食会も行われた。この情報は「農業経営者」という農業月刊誌に毎月リポートされている。

[農政部担当者による実証実験の概要説明]

・平成29年度に新設された事業で、地域内自給圏の実現に向けて、畑作と畜産、農業と食品加工業との連携による地域内循環システムの実証を行うため、次の2つの実証実験を行う。
・実証1:畑作輪作・耕畜連携実証:ジャガイモ・小麦・トウモロコシ・大豆の畑作輪作試験。
・実証2:農産物加工・地域内消費実証:民間業者と連携して畑作物の加工試験、豚肉の加工試験を行う。(加工業者は選定中)更に、消費に結びつける実証も行う。
・この事業は5年計画である。


[山下亨支場長による圃場の実験内容説明] 

山下亨支場長
 下図にあるように、圃場面積は7,500平方メートル。土質は粘土で畑作には適地とは言えないが、粘土地が多いこの地域の実験場とすればむしろ良いのかもと思い選択したとの説明があった。ジャガイモ⇨小麦⇨子実トウモロコシ⇨大    豆の輪作区と連作区に分割さ れ、更に 輪作区が夫々堆肥区と無堆肥区に分割されている。全12区画。これなら、連作区と輪作区、堆肥区と無堆肥区の完璧な比較ができる。それぞれの優位性と有利性を比較する計画。 
 この作付け計画図を読むと、区画割、比較対象、品種、植付け・播種日等が判る。
 この圃場は昨年まで牧草地だった。ある程度の堆肥は入れていたとのこと。
 無堆肥区というのは化学肥料を使うということ。
 子実トウモロコシというのは飼料用のトウモロコシで、北海道で作られているだけで本州では試作段階である。

 更に、この実験事業は県営の他の3つの試験場でも分担して行われているとの説明。
 その分担は次の通りである。
・大豆・麦:長野県農業試験場 須坂市
・トウモロコシ:長野県畜産試験場 塩尻市
・ジャガイモ:長野県野菜花き試験場佐久支場 小諸市

 この他にも、この近くの北御牧試験場で、小麦だけ昨年秋種まきし、現在収穫が済んでこれから加工に回る予定という。

 管理面であるが、それぞれの区画の土壌分析を物理性だけでなくバクテリア等の生物性もバイオロムを使用して計測し、土作りの変化を観測しているという。
 長野県と民間企業が共同開発したクロップナビを圃場に設置し、気温、地温、降水量、濡れ時間等を定時観測している。土壌水分センサーも設置されている。
 電牧柵は、協和テクノ株式会社が開発したトラクターの出入りのために脱着できるシステムを設置している。

 以上で山下支場長の説明が終わり、自由見学となった。生育の様子やジャガイモの試掘も行われ、皆試験場が行う農業の実際を興味深く観察していた。
 圃場の中で、2~3のメーカーによるGPS機能を備えたドローンを使った薬剤散布や葉色観察の説明・実演が行われた。AI能力のすごさが判り、農業の合理化には欠かせないものと実感した。

 素晴らしい取組である。松尾アドバイザーの指導力と現場の職員の意気込みが実感できた見学会でした。
 「東信自給圏をつくる会」を立上げようと「東信自給圏を考える会」を展開している我々にとって大きな励みとなりました。以上、リポート致します。

平成29年7月20日

NPO法人信州まちづくり研究会
〒384-2305 長野県北佐久郡立科町芦田2076-1
副理事長・事務局 安江高亮
090-3148-0217

yasue@smk2001.com

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獣医師と日本の行政

加計学園問題は、何が問題の本質なのか? それが判る気がします。
元農水省官僚が語ります。

キャノングローバル戦略研究所(CIGS)の2017.08.04のメルマガより。
加計学園問題に隠された日本行政の疾患」(研究主幹山下一仁)全文を引用。

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加計学園問題とは何か?

 加計学園をめぐる問題を簡単に説明すると、文部科学省が、獣医師が過剰になることを理由に半世紀以上も既存の16大学以外が獣医学部を新設することを認めず、定員を規制していた中で、2007年以降の今治市の度重なる要請に応える形で、通常の行政のルートではなく、国家戦略特区の仕組みの中で4つの条件を満たせば、獣医学部の新設を認めようとしたものである。
 その際、獣医学部を新設しようとする加計学園の理事長が安倍総理の友人であったことから、安倍総理の周辺にいた人たちが文部科学省に認可するように圧力をかけたとされ、前文部科学次官がこれによって〝行政が歪(ゆが)められた〟と主張する事態に発展した。
 新聞報道を見ると、最初から加計学園の主張を入れる形で議論が進められ、これに抵抗する文部科学省に官邸側から圧力がかけられたのではないかという点が、主たる争点となっているようである。つまり、上のまとめの後段の部分である。スキャンダル的には、前段よりもこちらの方がそそられる。かつて国家公務員だった者としては、批判されているようなことがあり得ないかと聞かれると、ありそうなことのように思えるが、国家戦略特区ワーキンググループの委員が議事録を読めばそのようなことはないことがはっきりわかると断言していることからすると、そうではないのかなとも思える。

本当に歪められているものは何か?

 たしかに、このような介入が事実であれば、〝文部科学省の人たちが進めてきた行政〟が歪められたということになるのだろう。加計学園問題について議論されていることは、これに尽きるように思われる。
 しかし、そもそも獣医学部の新設を認めようとしなかった〝文部科学省の人たちが進めてきた行政〟が歪んだものだったらどうだろうか。
 そもそも獣医師が過剰か不足かどうかは、誰が判断するのだろう。
 わかりやすいように、キャベツの値段を例にとって話を進めよう。キャベツ一個が50円の時と300円の時、キャベツは過剰なのか不足なのだろうか?
 どちらの場合も、過剰でも不足でもない。価格が伸縮・変化することで、市場では常に需要は供給に等しい。これは高校の教科書で習う経済学の基本である。
 しかし、どうして過剰とか不足とか言われるのだろうか?
 それは、生産者(供給者)の目で見るか、消費者の目で見るかの違いである。キャベツが50円の時には生産者からすれば供給が多すぎる(あるいは需要が少ない)から価格が低いことになる。つまり〝過剰〟である。この時、消費者は安く買えるので文句は言わない。
 逆に、300円の時消費者は不足していると文句を言う。消費者にとっては、供給が少ないので価格が高すぎることになる。もちろん高く売れる生産者は不満を言わない。このように価格が高いか低いかは、どちらの立場で評価するかで異なる。しかし、市場からすれば、高かろうが低かろうが、需要と供給を等しくするものが価格である。

獣医は過剰なのか?

 この例からわかるように、価格が低下して過剰だと文句を言うのは生産者である。獣医の世界に置き換えると、獣医療サービスの供給者(提供者)は獣医師である。過剰でないようにしてほしい、つまり高い価格を維持してほしいというのは、獣医師の団体だと言うことになる。獣医療サービスの供給が多くなって、その価格(獣医師報酬)が下がれば、畜産農家やペットを飼っている人たちは利益を得る。しかし、そのような利益は、行政では考慮されることはない。
 これは獣医だけではない。医師、タクシー、米など日本行政にあまねく見られる特徴的な問題である。
 新規参入の抑制など供給の制限によって、一定の高い価格を維持し、これによって財やサービスの生産者・供給者の所得を保証できるよう、彼らにとって過剰でない状態に供給をコントロールしようとしてきたのである。

隠されているもの

 過剰であると言うことは、今の供給が多すぎて、行政や業界が〝想定している価格〟より市場価格が低すぎるという判断が隠されている。その〝想定している価格〟がどのくらいなのかは明らかにされない。
 経済学では、価格が需給を調整するのに、不思議なことに、国の需給についての見通しや計画では、価格という要素は一切現れない(これは経済学を勉強したものからすれば、行政による国民に対する詐欺である。しかし、ほとんどの行政官は法律家で経済学の門外漢であることから、誰も〝価格がない需給表〟に疑問を抱かない)。

日本の行政は誰の利益を保護しようとしているのか?

 獣医の問題でも、獣医師会や農林水産省に意見を聞けば、現在ですら過剰である、つまり供給が多すぎるのでこれ以上の増加は認めないでくれというだけだろう。これによって現在獣医学部を持っている16大学の経営も安定し、文部科学省の職員の大学への天下りも保証される。
 獣医師については、農政がさらに歪めている。本来、畜産農家にとっては獣医療サービスを安く提供してもらわなければならないが、高い関税などにより畜産物価格を高くしたり、畜産農家に対して補助金を交付したりすることによって、畜産農家が高い獣医療サービスを購入しても文句が出ない仕組みが出来上がっている。
 もちろん、この歪んだ政治の最終的なツケは納税者と消費者に回ってくる。
 本当に獣医師が〝過剰〟になって、獣医師の報酬が低下するようだと、獣医学部への学生の応募が減少するだけである。最初から大学の学部の数や学生数を規制する必要はない。評判が悪い学部には、応募者数が減少して、淘汰されるだけだろう。
 要するに、日本の行政の病根は、生産業界、官僚、政治家、大学で構成される共同体が、供給(生産)側の立場に立って、供給を制限し価格を高く維持することで、生産者の利得を保証しようとしているところにある。
 しかし、残念ながら、今回の加計学園問題で、この日本の行政の根本的な疾患を取り上げようとする論調は少ない。
 なお、一つだけ追加すると、過剰かどうかの判断は国内市場だけの評価である。獣医療サービスの輸出を考えると、実は日本の獣医療サービスに対する需要はもっとあるのかもしれない。しかし、獣医師会にも農林水産省にも、輸出可能性の議論はないようである。

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2017年7月30日日曜日

「東信自給圏を考える会」in 丸子

どなたでも、どちらからでも、予約不要、無料!
お気軽にご参加ください。
 
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2017年6月17日土曜日

『貧しい人々のマニフェストーフェアトレード の思想―』


獨協大学・北野 収教授からいただいた自著『貧しい人々のマニフェストーフェアトレード の思想―』(フランツ・ヴァンデルホフ著、北 野収訳、創成社、2016 年) 紹介文です。


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はじめに
 欧米での普及状況にはまだまだ及ばないもの の、日本でも少しずつフェアトレード商品を街 で見かけるようになってきた。また、一部の学 生のフェアトレードへの関心は高い。フェアト レードの起源には諸説あるが、認証ラベル制度 を一つの「起源」とみなせば、世界初のフェア トレード認証ラベル「マックス・ハベラー (Max Havelaar)」(現 Fairtrade International)が 1988 年にオランダで設立されたことは今日のフェア トレードの隆盛のきっかけの一つといえる。

 本書の著者、フランツ・ヴァンデルホフ(Fran- cisco VanderHoff Boersma または Frans van der Hoff, 1939-)は解放の神学の流れを汲むオラン ダ人カトリック司祭である。彼は、チリおよび メキシコシティでの労働司祭活動を経て、今日 に至るまで 40 年近く、メキシコ南部のオアハ カ州の山岳地帯で経済的極貧状態にあえぐ先住 民族コーヒー農民とともに暮らし、UCIRI 組合(Unión de Comunidades Indígenas de la Región del Istmo)を設立した。そして、「コヨーテ」と 呼ばれる現地の仲買人からの脅しやオランダ国 内で大手企業からの差別的扱いを受けながら、 世界初の国際フェアトレード認証の仕組みマッ クス・バベラーを設立した。フェアトレード運 動の「父」と言われる所以である。

 本書は、いわゆるフェアトレードの解説本や 現地実証調査の研究書ではない。「経済のため に人間が存在するのではない。フェアトレード運動の父、ヴァンデルホフの壮絶な闘いからの メッセージ。新自由主義市場を特徴づける搾取、 暴力、不正義に対するストレートかつ挑発的な 批判を述べる」。このコピーは私が書いたもの ではなく、販売側が作成したものだが、本書の 意義を的確に説明している。第一義的に、本書 は「マニフェスト」以外の何物でもない。本書 を読んだ者は、フェアトレードに「チャリティ、 支援の一形態」といった意味以上の深く、大き な意義を感じざるを得なくなる。

 ヴァンデルホフの生い立ち、農民とともにフェ アトレードを提案した経緯については、拙著『南 部メキシコの内発的発展と NGO』(勁草書房)お よび N. ローツェン・F.ヴァンデルホフ『フェ アトレードの冒険』(日経 BP 社)を参照され たい。

日本語版の概要
 オリジナルは 2010 年のフランス語版で、拙 訳の底本にしたのは 2014 年のイギリス版であ る(最初の英訳は 2012 年のカナダ版)。以下、 日本語版の概要を述べる。

 第1章「経済危機に直面する貧困者」では、執 筆当時のリーマン危機を念頭に、グローバル資 本主義と新自由主義の矛盾の歴史的必然性とと もに、世界各地でみられる社会的連帯経済の萌 芽、資本主義の矛盾を克服するための手段とし てのフェアトレードの意義と抱負が述べられる。

 第2章「危機が持続する構造」では、リーマン 危機への対応でのオバマ大統領の迷走、グロー バルな「自由競争」を謳歌してきた大手銀行の 救済のためにアメリカ国民の血税が投入された ことを例に、誰も失敗の責任はとらず、そのツ ケは国民に回される仕組みが制度化された新し い「金権政治」(企業が政府を操る)という構造 が資本主義の矛盾の現時点での到達点であることを確認する。 

 第3章「下からのグローバリゼーション」では、この構造的矛盾に目をつぶり、富裕国・富 裕層が上からの一方的なチャリティ活動、開発 支援を行うことが、問題の解決にはつながらず、 むしろ矛盾から目を背けることに加担すると指 摘する。対策として、貧困者自身の主体性と倫 理的消費者との連帯に基づいた真の代案が必要 であり、メキシコ・オアハカ州テワンテペック 地峡で始まったその実践(フェアトレード運動) は既にグローバルなレベルにまで拡大している ことを確認する。

 第4章「もう1つの世界は可能だ」では、小 規模金融やフェアトレードなど第三世界各地で 立ち上げられた社会的連帯経済の意義の再定義 と可能性が述べられる。興味深いのは、ムハマ ド・ユヌス(グラミン銀行)とヴァンデルホフと の違いである。ヴァンデルホフはユヌスの「社 会的資本主義」というコンセプトを批判する。 社会的ビジネスの重要性は否定しないが、「ビジ ネス」だけで、金権政治、ウルトラ資本主義を 改めることはできない。人々による道徳的な対 抗運動も必要だというのが、彼の立場である。 ブータンの国民総幸福量(GNH)、ボリビアの モラレス大統領、ガンジーやマンデラ等のエピ ソードに言及し、「開発」の政治性から目を背け るなというメッセージが暗喩される。

 第5章「私はもう1つの世界の夢を描いた」 は、こうしたメッセージが広汎に受容されるに は、もう1世代分の年月を要する(第4章末尾) と考える 1939 年生まれの彼が将来世代に託し た「遺言」である。
 実は、マニフェスト部分は英語版でわずか 88 頁、拙訳書も図版込みで 103 頁に過ぎない。日 本語版には、私が新たに書き下ろした 61 頁の 解説エッセイ「認証ラベルの向こうに思いをはせる」を収録した。解説エッセイの構成は「は じめに~フェアトレードについて~ヴァンデル ホフの半生~「フェアトレードの思想」を考え る視点~回想のテワンテペック地峡~開発・発 展をめぐる天動説と地動説~おわりに」である。 私がヴァンデルホフに面会した時のエピソード も綴った。

貧者に「寄り添う」こと
 日本語版の冒頭に私は次のメッセージを書い
た。「本書のメッセージは過激で非現実的だと 感じる方が少なくないと予想する。ヴァンデル ホフ神父の言葉は一見、あまりにも反資本主義 的で不愉快で偏向的なものとして映るかもしれ ない。だが、1つだけお願いしたいのは、ヴァ ンデルホフがいかなる時代をどこで生き、どの ような現実を見てきたか、何を経験し、何を想 い、その結果この思想を見出したのかについて、 想像しながら読んでいただきたいということで ある。そこには、今日の国際フェアトレード運 動の父ともいえる人物が、30 年以上の長きにわ たって先住民族と暮らし、ともにその思想を見 出したという事実がある」(iii)。

 現地の人々に「寄り添う」こととは、そこに ある多様な価値・固有の価値に耳を傾け、必要 に応じて、外部の知見や技術と接続できる関係 性をつくることである。本来、開発は価値中立 的な社会工学の応用ではなく、価値選択的で人 間的な営為だと私は考えている。どのような発 展を望むかは、現地の人々が選択する価値に連 動するはずだ。この意味において、本来的な開 発は社会変革の要素を含んでいる。人間的営為 である以上、変革としての開発にかかわる特定個人の経験や価値観はその人の仕事や実践に必 ず影響し、それは人間社会を改良する原動力の 1 つになりえる。

 チアパス州の先住民系コーヒー組合とのフェ アトレードプロジェクトを指導し、また、サパ ティスタ運動のテクスト分析の研究をした山本 純一先生は、外部から先住民社会に入り、変革 を促す人材のことを「内在的他者」と呼んでい る2 。一見、地域コミュニティ内部からの要求と みられるものが、外部から持ち込まれた価値観 によるものであった、または、それとのハイブ リッドであったことを示唆し、彼らの要求の内 発性・純粋性を批判的に捉える研究もある。こ うした視点とは別の観点、すなわち、時代と個 人の対話内在的他者としてのヴァンデルホ フの人生と彼が生きた時代を意識して、彼 の言葉の背後にある価値観を探り、外来・内発 という二項対立を止揚し、貧者に寄り添い共に 生きた者のみが語り得る言葉の意味を探るとい う点で、本書の学術的な価値は小さくないと考 える。
ヴァンデルホフのように、人々に添い遂げる人 生を送った人物は希有な存在である。だからこ そ、その人生と経験から紡ぎ出された言葉には、 私たちが耳を傾けるべき示唆が含まれている。

ヴァンデルホフの言葉から
 「経済は人間に奉仕すべきであり、その逆は あり得ない」と彼は言う。経済というものは人 間の生活の必要から生み出された。だが今日、 私たちは経済のなかで生き、経済に奉仕するこ とを余儀なくされている。本来、経済は人間社 会に埋め込まれていたが、今では、社会が経済の荒波に翻弄される存在である。経済が政治を 動かし、ルールを改変し、メディアを操る。だ が「経済とは、広大だが有限で閉じたシステム= 生物圏の部分集合に過ぎない。結論として、際 限なき成長は不可能」なはずだ(86-87)。無限 の権力を手に入れた大企業が暴走しても私たち に止める手段はなく、それに気づく機会さえ奪 われてしまった。第三世界の誇り高き貧者たち は、こうした事柄について先進国の人々以上に 敏感であり、免疫をもっているとヴァンデルホ フはいう。

 開発支援や援助に対する彼の指摘は辛辣であ る。「思いやりという名の下に、自分たちの意志 を貧しい人々に押し付けてしまう。(略)NGO には、非常に好意的かつ優秀で、善意に満ちあ ふれたスタッフもいる。だが、一般論として、 彼らのメンタリティは彼らが成すべきはずだっ たこととは逆の方向に作用する。(略)3~5 年 間プロジェクトを実施し、その後ことは考えず、 バトンを持ったまま帰ってしまった NGO を私 自身どれだけ見てきたことか。(略)彼らがやろ うとしていることは、不幸という名のカーペッ トを持ち上げて、自分たちの存在を世に知らし めることに過ぎない」(63)。農民は大金持ちに なることも、政府や NGO 等の外部からの支援 に依存しながら生き続けることも望んでいない。「借り」を作らず、衣食住と尊厳を維持しながら 生きる、それだけが願いだという。

 五月革命世代であった彼がヨーロッパ時代に 経験した挫折は 1968 年の学生運動であった。 代案なき反対は空虚だと彼はいう(85)。フェ アトレードは、テワンテペック地峡のコーヒー 農民とヴァンデルホフたちがオランダのパート ナーとともに創り出した具体的な代案である。 おそらくは、西欧および北米での経験とラテンアメリカでの経験(チリ、メキシコ)から、彼は次のようなテーゼを見出した。「貧困者の叡 智はしばしば軽薄な経済学者や社会学者の知識 よりも重要な場合がある。貧困者の能力と富裕 者の能力は同じである」(86)。そして、貧しい コーヒー農民たちは、グローバル資本主義の矛 盾およびそれにどう対処していくかを既に知っ ているという。一方、「資本主義下では、誰も責 任を取らず、誰も罪に問われない。そこには市 民的責任の怠慢がある」(32)と断罪する。現 実を見ようとしないのは、「無知で貧しい」はず の貧困者ではなく、北の富裕層である。だから こそヴァンデルホフは、北の富裕層にも人間と しての本来的な資質が備わっているはず、とい う当たり前の事実に期待する。

 ここで、私が想起したのは「いかに人間が利 己的であるように見えようとも、人間の本質の 一部として、他の人の運命に関心をいだき、そし て他の人の幸福を自分にとってもかけがえのな いものとして感じる何らかの原理が明らかに存 在している。たとえ自分が得るものが何もなく ても、他の人の幸福を見るだけで嬉しいと感じ る何かがあるのである」というアダム・スミス の『道徳的感情論』の一節である。人間の本質 をどう捉えるかという点において、ヴァンデル ホフは根源的なヒューマニストだといえよう。

訳者にとっての本書の意味
  私にとって、この本には2つの意味がある。
第1は、食と農からグローバリゼーションを 批判的に捉える書として、農業のグローバル化 と北米におけるローカルフード運動について述 べた前訳書、トーマス・ライソン著『シビック・ アグリカルチャー食と農を地域に取り戻す』
(農林統計出版)の姉妹編という意味である。2 冊の拙訳書は、それぞれ、食料主権論のローカ ル版とグローバル版である。

 第2は、本誌第 16 号で紹介した拙著『南部 メキシコの内発的発展と NGO』(日本協同組合 学会賞学術賞と日本 NPO 学会賞優秀賞を受賞、 および、日本国際地域開発学会奨励賞受賞論文 収録)の延長線上の仕事という意味である。同 書に対しては、一部から手厳しい辛辣なご批判 を頂戴した。一方で、オアハカ州の先住民族ミ へ人の文化変容を長年研究されてきた先達の黒田悦子先生からいただいた「この本は必読文献、特にヴァンデルホフの章」という言葉は私の密 かな財産であり続けた。ヴァンデルホフの新し い本を見つけた時、自分が訳し、解説を書き、 日本の読者に紹介したいという思いが瞬間的に 頭を巡った。

ヴァンデルホフとの約束
 およそ 10 年前、イクステペック市にある UCIRI 事務所でヴァンデルホフと面会した際、 私は彼とある約束をした。もちろん、彼は私の ことも約束のことも覚えていないだろう。

 彼は私に次のようなことを言った。開発にか かわる外部者は客観的・科学的な技術をもたら す無色透明な存在ではない。そのように振る舞 う(貴方のような)人間は地域社会から情報だ けを一方的に持ち去る泥棒である。私は次のよ うに返答した。自分はあなた方に何も還元する ことはできないが、日本に帰ったら、あなた方 のことを授業その他を通じて大勢の人々に伝え ることをお約束します。前作『南部メキシコ』 もこの翻訳書も、私にとっては、この約束の一 部である。
 一人でも多くの方々に本書を読んでいただき たい、と切に願う次第である。  了

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2017年6月9日金曜日

明治大学生田キャンパスにSELOWs株のラボ訪問

去る5月13日でした。SELOWs株式会社の土屋伸夫社長のご案内で、東京都多摩区三田に件名の訪問をしました。

 新築かと思われるようなきれいな研究室がたくさん並んでいました。
302号室がSELベクトル(SELOWs株式会社の系列)のラボになっていて、そこではリバイブソイルから生成された液肥の効能・分析試験が行われていました。
 リバイブソイルは岐阜県高山市で開発された土壌改良剤(堆肥)です。

 土曜日なのに、担当の名誉教授が「生き物ですから休めませんよ」と言いながら、説明して下さいました。「すごい結果が出ている」と、発芽試験状況や記録写真を見せて下さいました。かなりの経費がかかっていることも想像でき、有機と微生物の世界への取り組みの難しさを垣間見ました。

 生憎雨だったのでキャンパス全体を見ることは諦めましたが、ウグイスが鳴いていて、かなり環境の良い広大な敷地に多くの校舎と研究施設があることが案内図から伺えました。

 参考写真を掲載します。クリックすると拡大できます。
 写真に写っているのは、土屋伸夫社長と左俣名誉教授です。





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