2021年2月23日火曜日

日本とフランスの農地政策の違い:なぜ、零細なのか?

日本とフランスの農地政策の違いがわかります。

国民のための食料政策という観点からではなく、
農家の保護という部分的な観点からなされた戦後農業政策の結果といえる。

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農協改革・農地改革をどう進めるべきか

キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 山下一仁 氏

2016/10/18

ゾーニングの不徹底による規模拡大の阻害

 土地には強い外部性が存在すると言われる。まとまりのある農地の中に建物ができると、機械や水の利用が非効率となったり、施肥、農薬散布、家畜飼養などをめぐる他の住民とのトラブルが発生したりするなど、農業生産のコストが増大してしまう。また、農地が耕作放棄されて草木が繁茂すると病虫被害が生じる。高い建物ができると隣の農地は日陰地となる。他方で、農地の中に住宅などが建つと、道路、下水道、学校などの社会資本を効率的・集中的に整備できなくなってしまう。

 このため、ヨーロッパでは、土地の都市的利用と農業的利用を明確に区別するゾーニングが確立している。他産業の成長が農村地域からの人口流出をもたらしたので、自動的に1戸当たりの農地面積は増加した。わが国でも「都市計画法」で市街化区域と市街化調整区域が区分され、「農業振興地域の整備に関する法律」(農振法)により指定された“農用地区域”では、転用が認められないことになっている。しかし、これらのゾーニング規制は十分に運用されなかった。

 都市近郊農家は、農地転用が容易な市街化区域内へ自らの農地が線引きされることを望んだ。農振法の農用地区域の見直しは、5年に一度が原則である。しかし、農家から転用計画が出されると、毎年のように見直される結果、農用地区域の指定は容易に解除される。農用地区域の指定を任されている市町村長としては、農地を宅地や工業用地にしたほうが地域振興に役立つ。また、選挙民が転用したいと言ってくると、拒否できない。

 ゾーニング規制が十分でないと農家は転用期待を持つし、農地価格は宅地価格と連動して高くなる。この結果、農地の売買による規模拡大は行われなくなった。農林水産省も、これに真剣に取り組もうとしなかった。

 農地法の「転用規制」も真剣に運用されなかった。特に、平坦で区画が整理されている平場の優良農地こそ宅地などに転用されやすい。減反政策が実施されて以降は、米が余っているのになぜ転用させないのかという政治的圧力が高まった。食料安全保障の観点からは、現在の農地面積だけでは日本の人口を養えない。水田が余っているのではない。高米価のために米が余っているだけなのである。

 転用許可には裁量の余地が大きい。それを判断する農業委員会は主として農業者により構成されているため、いずれ自分も転用するのだと思うと、身内の転用申請に甘い判断を下しがちである。加えて、農地法に違反して転用された案件でもほとんどの場合、事後的に転用許可が下される。また、将来の転用を見込んで農家が開発業者などと農地の売買契約を結び、開発業者などの名義で仮登記を行うケースも出ている。

 わが国で規模が拡大しないのは二つの原因がある。第一に、ゾーニング規制が甘いので、簡単に農地を宅地に転用できる。農地を貸していると、売ってくれと言う人が出てきたときにすぐには返してもらえない。それなら耕作放棄しても農地を手元に持っていたほうが得になる。耕作放棄しても固定資産税はほとんどかからない。耕作放棄してもペナルティはないのである。第二に、減反政策で米価を高く維持しているため、コストの高い農家も農業を続ける。以上から、主業農家が農地を借りようとしても、農地は出てこない。つまり、農地のゾーニング徹底と減反廃止という政策を実行しない限り、農地を集約することは困難である。

 これに対して1960年に農業基本法を作ったフランスでは、ゾーニングにより都市型地域と農業地域を明確に区分し農地資源を確保するとともに、農政の対象を、所得の半分を農業から得て、かつ労働の半分を農業に投下する主業農家に限定し、農地をこれに積極的に集積した。また、土地整備農村建設会社(SAFER)が創設され、先買権(買いたい土地は必ず買うことができ、その価格も裁判により下げさせられる)の行使による農地の取得および担い手農家への譲渡、分散している農地を農家の間で交換して1ヵ所にまとめて農地を集積する(日本では、“交換分合”と呼んでいる)などの政策が推進された。1960年から2013年にかけて食料自給率は99%から129%へと上昇し、農場規模は17ヘクタールから2010年には53ヘクタールへと拡大した。

 食料安全保障の見地から農地資源を確保するためにもゾーニングを徹底すべきだ。その上で企業形態の参入を禁止し農業後継者の出現を妨げている農地法を廃止すべきである。これがシンプルな農地改革である。

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山下一仁 著 『TPPが日本農業を強くする』(日本経済新聞出版社、2016年)「第4章 限界にきた日本の農業」から

山下 一仁(やました かずひと)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、経済産業研究所上席研究員。1955年山梨県生まれ。1977年東京大学法学部卒業。農水省(現農林水産省)入省。農林水産省ガット室長、(在ベルギー)EU日本政府代表部参事官、食糧庁総務課長、国際部参事官、農村振興局次長などを歴任。1982年ミシガン大学行政学修士、同大学応用経済学修士。2002年OECD農業委員会副議長。2005年東京大学農学部博士号取得。2008年農林水産省退官。専門は、食料・農業改革、地域振興政策、農業と貿易交渉、環境と貿易。食品の安全と貿易など。主な著書:『国民と消費者重視の農政改革』(東洋経済新報社2004年)、『食の安全と貿易』(日本評論社、2008年)、『農協の大罪』(宝島社新書、2009年)、『「亡国農政」の終焉』(ベスト新書、2009年)、『農業ビッグバンの経済学』(日本経済新聞出版社、2010年)、『環境と貿易』(日本評論社、2011年)、『農協の陰謀』(宝島社新書、2011年)、『日本の農業を破壊したのは誰か』(講談社、2012年)、『農協解体』(宝島社、2014年)、『日本の農業は世界に勝てる』(日本経済新聞出版社、2015年)など。

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