需要に応え、創造し、不確実性に挑み続ける
NPO法人信州まちづくり研究会 理事長 安江髙亮
「私たちの使命は、よりよい地球にしていくこと。」、「農業を介して社会と地球環境の最適化を目指し幸せ創りに貢献します」、「農業を通じて世の中の課題を解決する」
ホームページにあるこれらの言葉が全てを表しています。場合によると空虚に響くこれらの言葉が、会社に入り、説明を聞き、現場を見させてもらうと現実のものであることを納得する。
スマート・テロワール形成活動に関わっている一行5名が、1月28日、モデル的な農業経営と農業による地域内循環の仕組みづくりの実際を勉強させてもらうため、鹿児島県志布志市にある株式会社さかうえ(農業法人)を訪問した。
スマート・テロワール実践会議のメンバーであり、実証圃3ヘクタールの実行当事者である高田庄平さんが企画し、山形大学農学部からスマート・テロワール形成講座プロジェクトメンバーである中坪助教と桒原先生、やはり実証圃実行の先駆者である叶野さん、そして長野県からNPO法人信州まちづくり研究会のわたし安江が参加した。
株式会社さかうえは、人口約3万人の志布志市のなだらかな起伏の田園地帯にあり、空港から車で1時間半ほどの距離にある。地図で見ると社屋は海から3kmほど内陸にある。昨年の作付け面積200ヘクタール(2期作、2毛作を含む)、社員48名、売上5億円とある。
社屋は、7〜8年前に売りに出された縫製工場を、小学校のグランドほどもある広い駐車場と共に買収した。最初に迎えてくれたのは、社屋の玄関脇にロープで繋がれた真っ黒い仔山羊だった。坂上隆社長、弟の坂上康博取締役、そして従兄弟の坂上宏一郎経営企画部長が出迎えてくれた。
坂上社長は50歳、剣道7段に相応しい体躯と眼光、貫禄があるとは、こういう人のことをいうのだろうといつも感じる。「大学卒業後、自然を相手とする仕事をしたくなり、鹿児島に帰郷。父の元で農業修行をはじめるも、新築の家一件分の損失。農業は甘くない!俺の農業人生はそこから始まった。」と語る。
昨年の5月には、NPO法人信州まちづくり研究会の通常総会に来て頂き、阿部知事も参加して頂いた会場で記念講演をお願いした経過もあり、スマート・テロワール協会の理事会でも一緒になる。その都度、社長の言葉に感銘を受けていた。なので、是非、視察したかった。
スマート・テロワール通信12号(「農業経営者」2018年7月号)の「農業を通じて世の中の課題を解決」(坂上社長の言葉)という記事に、「会社は、ステークホルダー(利害関係者)のためにある。ステークホルダーの欲求を満たすために、自分たちが価値を上げなければならない。価値を上げるためには、プロダクト・プロセス・マインドの3つのイノベーション(イノベーショントライアングル)を起こせばよい」とある。松尾さんの話としっかり重なる。
玄関脇の応接でお茶を頂きながら坂上社長と10分ばかり会話した後、少し奥の広い社長室に通された。手前がゆったりと大きくコの字に囲まれた社長のデスクがあり、40インチもあるかと思われるような大きなパソコンのディスプレイが置かれていて、社長の仕事ぶりが判る気がした。奥半分は長机が四角に配置された会議場になっていて、毎日の朝礼と管理のためのツールで壁が埋まっていた。
まず、部長がイントロとして、「農業生産法人 株式会社さかうえ」と言うDVDを見せてくれた(YouTubeにある。社名で検索)。「幸せとは」という坂上社長の問いかけから始まり、「どうしても逆らえないものがある、それが自然」、「だから、調和と同調が必要」、そこで、自然相手の農業に取り組むことによって、「さかうえの哲学・環境保全・経済」を実現して行く、というプレゼンテーションと理解した。
プレゼンの要点をメモってみる。
◾︎質・量・時間の約束、独自な高度な栽培ノウハウ、有機循環型土づくり、農業工程管理システムという4つの重点方針によって運営管理する。
この3つの領域と4つの重点方針から、次の特徴ある農業経営システムを創り出している。
◾︎契約栽培による計算のできる農業
◾︎機械類と手作業を組み合わせた独自な栽培体系を確立(慣行も有機もあり)
◾︎旬を逃さず、確実な納品を実現
◾︎栄養価の高い飼料用トウモロコシをサイレージ加工した“サイロール”を販売(2期作70ha=140ha、補助金なし、19円/kg/農場渡し、農家は餌を変えたがらないので時間必要)
◾︎畜産農家から堆肥(主に牛糞、ケールには鶏糞半分)を畑に入れる(10アール当り4t、2300台/4t車、微生物バランスが大事)
◾︎契約栽培のノウハウを生かし良質のコーンを栽培
◾︎畜産農家向けに各ニーズに合わせたサイレージ作りの作業受託
◾︎二酸化炭素を多く吸収するデントコーンを栽培
◾︎高い品質と安定した供給量のために必要なさかうえを支える“人”を育てる
◾︎仕事を記録し、分析し、判りやすくするために独自のデータベースを開発
(画像もリンクする。一目で判る)
◾︎農業で最も重要な経験の蓄積を共有する
◾︎作業員の育成から経営者の育成という新たな領域に入る。
DVD最後の字幕は、「農業で幸せを作る会社」。
次に、部長が野菜の育苗場、保冷庫、機械格納庫、作業場などを案内してくれた。残念ながら、この季節なので、育苗の様子は見られず、保冷庫にもピーマンとケールくらいしかなくガランとしていた。その代わり、外で動いている機会が少ないのでしょう。大きな体育館ほどもある建屋に無数の大小の機械器具が並んでいた。今まで見たこともない大型機械がたくさん置かれていた。それもその筈、シーズンには臨時を入れれば悠に100名を越す職員が働いているだろうから。
倉庫に格納されているトラクター類を見た時に、キャビンドアのガラスに、「畑借ります」の文字と電話番号が書かれていた。以前は畑を集めるのに苦労していたらしい。今は「使ってくれ」と、どんどん集まるようになったという。私のNPOの会員が畑が借りられないとボヤいていたが、きっとさかうえと同様に事態は変わるだろうと感じた。
驚いたのは、1台2千万円の大型機械より、社長の母上がジャガイモの種芋加工を数人のおばさん達と一緒にやっていたこと。私はそうとは知らずに声をかけたら、丁寧に種芋植付け機械の使い方まで説明してくださった。ご高齢なのに!これが「さかうえ」なんだと感じ入った。
これは凄いと思ったのは、耕畜連携の循環の仕組みが既に出来上がっていること。鹿児島県は日本でも有数の畜産県だという。その堆肥が畑に入れられ、露地栽培野菜と飼料作物が栽培され、飼料作物は大型バンカーサイロで乳酸菌発酵され良質な畜産飼料となって畜産農家に返っていく。
スマート・テロワール構築のための一番肝要な耕畜連携ができていることは凄いことだ。そして、“サイロール”が補助金なしの価格で畜産農家に喜んで受け入れられていることはもっと凄い。畜産農家もJAの指導員も、「国産の飼料は絶対、輸入飼料には敵わない」と声を大にして喚いているにも拘わらずである。やればできるんだ。
一方で農水省は、余剰水田の転作作物として、稲サイレージWCSを作らせているが、戦略作物助成金と産地交付金を合わせると、1反歩(10アール)当たり約10万円の助成金を出している。その予算は、麦、大豆等の転作も含めてだが、3000億円を悠に越す。しかも、稲よりデントコーンの方が栄養価は高いという。だから畜産農家が喜んで使う。一体、この現実をどのように理解したら良いのか。
鹿児島といえば台風のメッカである。最大限作物を守るために、予報が出ると1週間前から大勢を動員してシート掛けをやるのだそうだ。そして通り過ぎたら外す。前後2週間かかるという。200ヘクタールである、気が遠くなる。自分の商品とその流通を守るためにできるベストを尽くすのだと。この光景は地域では評判だそうである。
何といっても凄いのは人材育成スキーム。1年目の作業員、2年目の栽培工程担当、3年目の作物担当(生産管理)、5年目の農場長・部長、10年目の経営管理者、という完結型。各過程でリスクマネージメントとマニュアル作りに取り組ませる。権限と機会を与え、特定の畑の責任を持たせる。こんな考えでスキームができている。若い女性が数年で数千万の売り上げを達成すると聞いた。
見方を変えると、一人前になって独立して行きなさい、と言っているに等しい気がする。どんな組織も教育には熱心だと思うが、ここまでやっているところはあまり無いような気がする。
社長は、「経営は、論理的思考とPDCAだよ」を何度も繰り返した。「目標利益を設定し作付け計画を立てる。利益の達成は売上を伸ばしコストを抑える。それが全て」と、単純明快。「契約栽培の目標が、何らかの障害があって達成できそうもない時にはどうするのですか?」との質問には「それは関係性の構築によって解決していくしかない」と、ズバリと返ってきた。
普通の経営者でも理論ではこれらのことは判っている。問題はこれを実現するための戦略と戦術と経営管理能力とやりきる意思の強さだろうと思う。坂上社長からは、明快な言葉の端々に強い意志が伝わってくる。言葉を変えると妥協を許さない厳しさがある。
私は、こんな素敵な会社があることに、日本の農業の可能性を見つけた気がする。「夢と希望をありがとうございます」と言いたい。「さかうえ」は、社長の言葉通り、「需要を創造し、不確実性に挑み続ける」であろう。
昨年の総会時記念講演の締めくくりの言葉は下記だった。
BIG PICTURE, SMALL WIN
大きな絵、ビジョンを描き、やることを決めて、毎日の小さな課題を着実に解決し推進する。
YouTube 株式会社さかうえ(農業法人)
https://www.youtube.com/watch?v=H6zTdv-QUNc
更に詳しくは、会員専用グーグルドライブの「0 株式会社さかうえ(農業法人)」を見て下さい。
『追記』
付け加えたいのは、今回の視察を企画した庄内の青年経営者の素晴らしさです。親が農家でもないまだ30代の野菜ソムリエ。8年前、弟と二人で、素人なのに農業に飛び込んだ。「こんなに難しいと知っていればやらなかったかも」と言いながら、今はのめり込んでいるようだ。
会話をしていて判ってきたことは、TQC(全社的品質管理)もPDCA(Plan→ Do→ Check→ Actionによる品質管理手法)もマネージメントゲーム(利益・売上・投資計画)も習得していた。
科学的経営管理、つまり坂上社長のいう論理的思考である。松尾さんは、「日本の製造業はTQCで世界のトップになった。農業もTQCをやるべきだ」と強調していた。農業以外の産業分野では当たり前の努力をしてこなかったことが農業の貧しさと後進性になってしまったと思う。
ですが、こんな青年がきっと日本のあちこちにいるに違いないと思うと、希望が湧いてくる。
もちろん、私の仲間の中にもいる。
農業に関わっている政界・官界・JA・学会・産業界が彼らの取組みを助長してくれることを祈ります。
株式会社 さかうえ(農業法人)
設立1995年4月
代表取締役 坂上 隆
資本金 5,200万円
〒899-7104
鹿児島県志布志市志布志町安楽2873-4
鹿児島県志布志市志布志町安楽2873-4
電話 099-473-1990
従業員数48名
作付面積 200ヘクタール(サッカーグランド250面分)
ーーーーーーーーーーーーーーー
0 件のコメント:
コメントを投稿