”まちづくり”の世界的ムーブメントの一つになっているスローシティについて、日経Bizアカデミーの ブログに、良い記事を見つけましたので、転載させて頂きました。
著者は、新語ウォッチャーのもり・ひろし氏。
1968年、鳥取県出身。電気通信大学を卒業後、CSK総合研究所で商品企画などを担当。1998年からフリーライターに。現在は新
語・流行語を専門とした執筆活動を展開中。辞書サイト・新聞・メルマガなどで、新語を紹介する記事を執筆している。NPO法人ユナイテッド・フィー
チャー・プレス(ufp)理事。
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「スローシティー」~小都市の連携が生み出す、
住民主体のまちづくり
2009.08.21
グローバル化や都市化を背景とする地方都市の衰退は、世界各国で共通する現象といえる。かつてはイタリアもこの問題に直面していた。1960年代 のイタリアでは、冷害や輸入農作物の影響で、農業が大きなダメージを受けた。そこで、職を失った農業従事者が都市に移住。地方都市の過疎化が進行した。
ところが20世紀末のイタリアでは、逆に地方都市を見直す機運が高まった。具体的には、都市生活者や外国人による地方移住が盛んになったのだ。こ れには様々な要因がある。まず第1に地域社会に根ざした協同組合が大きな力を持っており、これが地方都市での雇用を下支えしたこと。また第2には中小企業 の連携的組織が、地方都市の産業力や情報発信力を高めていたことがある。
この動きにうまく合致したのが、かの有名なスローフード運動だった。運動が生まれたのは1986年。創始者はイタリア北西部にある小都市ブラ (Bra)でジャーナリストとして活動していたカルロ・ペトリーニ(Carlo Petrini)氏。運動のきっかけは、マクドナルドによるスペイン広場(ローマ)への出店計画に抗議するキャンペーンだった。同運動ではファストフード を「グローバル化を象徴する存在」「地域の食文化を脅かす存在」として捉え、そのアンチテーゼとしてスローフードという造語を生み出した。この運動が地域 文化の見直しという大きな流れを作った。
そしてスローフードに始まるスロームーブメントは、食以外の分野にも拡大していくことになる。つまり「地域文化に根ざした多様 で自律的な社会」を模索する運動について、スローの語が冠されるようになったのだ。日本で独自に定着したスローライフ概念も、この一種と捉えることもでき る。
その意味でスローシティーは、まちづくり版のスロームーブメントだと言える。母体となったのは、ほかならぬスローフード運動だ。1998年にイタ リア中部の小都市オルビエト(Orvieto)でスローフード運動が年次総会を開催。そこに集まったオルビエト、ブラ、グレーベ・イン・キャンティ (Greve in Chianti)、ポジターノ(Positano)の各首長が意気投合したところから、組織的な運動が始まった。運動の中心となったのは、当時オルビエト の首長だったステファノ・チミッキ氏(Stefano Cimicchi)である。
スローシティーの概念をひと言で説明するなら「住民にとって住み心地のよい小都市づくり」となる。地域における独自文化や伝統産業、さらには持続 可能性などを重視したうえで、住民が主体的に都市や産業の「舵取り」にかかわれる環境をつくる。その軸足になるのが、住民自身が考える「生活の質や楽し さ」だ。スローシティーは、住民の感性を重視した、ボトムアップ型のまちづくりとも言える。
同運動の実体は、世界各国の小都市をネットワーク化した協会組織である。参加資格は人口5万人以下の都市であること、州の首都でないこと、スロー フードの加盟都市であることなどだ。またこのほかに大項目で6個(小項目で55個)ある指標についての評価も実施。これらをまとめたレポートで一定以上の スコアを満たすことが認証の条件となる。なおこの認証は3年毎に見直す。
スローシティーに求められる55の指標とは次のようなものだ。まず必須項目として環境政策(代替エネルギーへの助成など)、社会資本政策(緑地整 備など)、生活の質(歴史的美観の保持など)といった指標が並ぶ。また推奨項目として地元生産物の活用(食育プランなど)、ホスピタリティー(多言語によ る標識の整備など)、住民意識の向上(啓蒙プログラムの実施など)といった指標も並んでいる。
協会に参加する都市は、2008年10月時点で16カ国・100都市以上にのぼる。欧州の都市が多く、本家イタリアのほか、ドイツやイギリスなど にある小都市も参加している。また欧州以外にもオーストラリアや韓国の小都市も参加している。世界遺産である海岸や映画『アマルフィ~女神の報復~』など で知られるイタリアの小都市アマルフィ(Amalfi)も、スローシティーのひとつだ。
では協会への参加によって、各都市ではどのような変化が生じたのだろう。例えば設立時の参加都市のひとつグレーベ・イン・キャ ンティでは、まず協会設立前の1980年代に外部からの移住が盛んになった。そこで税収が少ない同都市では「都市の規模を拡大せずに生活の質を高める」と いう政策を選択。その政策に合致したことからスローシティーに参加することになった。協会への参加後は、スローシティー憲章に基づくまちづくりを実践。住 民の意見を聞きながらゴミ収集のルール化、歩行者道路の整備、騒音防止対策、町並みの修復などの事業を行ったという。これは不動産価値の向上にも繋がっ た。
これら一連の活動で注目すべきなのは、ネットワーク化した組織が相乗効果をもたらしている点だろう。スローフードもスローシティーも、互いに異な る文化を持った都市の対等な連携が活動の軸となっている。これにより大組織としての強い情報発信力と、各都市の強い個性とが共存可能になった。このことか ら画一化にも標準化にも頼らない「もうひとつのグローバル化」の可能性も感じさせる。
さてスローシティーに似たトレンドは、日本にも存在する。そもそも日本の都市行政が近年では「均衡ある発展」から「縮小均衡的なコンパクトシ ティーの実現」に移行している。まちづくり三法(都市計画法、大店立地法、中心市街地活性化法)の2006年改正(一部指針改定)でも、歩ける範囲を生活 圏とする小都市の整備を志向している。都市の無秩序な拡大(スプロール現象)を防ぐ観点では、スローシティーとも共通する部分がある。
一方、日本版スローシティーを提案する動きもある。都市問題の研究者、久繁哲之介氏は書著『日本版スローシティ』(学陽書房、1998年4月)な どでこれを提唱。対象都市の人口を5万人以下に制限しないこと、食文化に限らず独自文化を持つあらゆる都市を対象にすること……などの条件を掲げ、それら の振興可能性を論じている。同氏が提唱するスローシティーの条件にはヒューマニズム、スローフード、市民の主体的な関与、交流、持続性といった項目が含ま れる。この定義に従うと、地方都市のみならず都市に内在する過疎地区なども、議論の対象に含めることができる。
世界のまちづくり手法を概観すると、そのトレンドが「似た方向に」変化していることが分かる。具体的には住民主体、縮小均衡、文化の尊重、差異を 内包できるネットワーク、持続可能性といった方向性だ。このうち日本のまちづくりで圧倒的に足りないと思われるのは、住民主体やネットワーク化などの観点 だと思われる。地方自治における財源や権限の問題のみならず、地域の精神的自立もこれまで以上に求められる時代であるようだ。
原文は下記URLです。
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20090821/175702/
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