2012年6月22日金曜日

ガーデンシティとプリンス・チャールズ


住宅生産性研究会(NPO法人戸谷英世理事長)発行のメルマガ(メールマガジン457号)にて,住宅資産形成についてすばらしいポートを頂戴しましたので,ご承諾を戴き転載いたしました。

尚,掲載者の判断で,キーワードと思われる語句をベージュ色に表示しました。註は,掲載者がWikipedia等から引用致しました。写真も掲載者が載せました。



資産価値形成を実現してきたガーデンシティの研修ツァー 

5月18日から24日まで英国とドイツに住宅地経営の見学研修ツァーに出かけてきました。

このツァーの狙いは、エベネツアー・ハワードのガーデンシティ理論(註1)が、優れた住宅資産形成にどのように成果を上げてきたか」という事実を確かめることでした。

研修は110年前の英国での最初の「ガーデンシティ」の開発(1900年)から、戦前のドイツでの「ガルテンシュタット」(註2)の開発(1920年)、さらに戦後のフライブルクにおけるBプランとコーポラティブ(註3)による環境都市(1990年)の新開発(リーゼルフェルト)と再開発(ヴォーバン)を見学しました。

それから米国でニューアーバニズム(註4)と呼ばれる「現代のガーデンシティ」運動が、英国に里帰りした取り組みが、英国の現代の条件下で、「アーバンビレッジ」運動として展開されている様子(2010年)を研修することでした。

註1:エベネツアー・ハワードのガーデンシティ理論:下記URLの中に参考資料があります。
”まちづくり”論説・報告書


註2:ガルテンシュタッド:註1の中の『動画で見る「英国ガーデンシティ」と「ドイツ環境共生都市」』の5にあります。
100年前のテラスハウスによるガルテンシュタット(ガ-デン・シティ) ハスラッハ地区のこの住宅地は、町全体の基本計画とそれを忠実に遵守した建 築が未だに並び、100年を経ても人々の高い評価を受け資産価値も上がり続 けています。 英国や米国同様に欧米諸国では外観の改修やエクスペンシ ョンは許されず建物で個性を出すことは限られます。これが統一した素材と色 彩で「美しい」と感ずる欧米諸国の街並みを形成して来ました。(エコバウルフォーム・ニュースより)

註3:フライブルクにおける:註1・註2で紹介した動画に載っています。


註4:ニューアーバニズム:(New urbanism)60年代以降、米国では郊外の開発が進み、都心部にかつてあったコミュニティの一体感というものが希薄になってしまいました。80年代に入り、都市近郊において人間らしく暮らせるコミュニティを作ろうというニューアーバニズムといわれる動きが活発になりました。1982年に開発された米国のフロリダ州シーサイドが端緒となった。
ヨーロッパではコンパクトシティ、イギリスではアーバンビレッジが同様の概念を打ち立てている。


チャールズ皇太子による「ビジョン・オブ・ブリティン」の実践開発「パウンドベリー」

英国皇太子(プリンス・オブ・ウェールズ)の領地(ダッチ・オブ・コーンウォール)は、ドルセット州ドルチェスター南端にある。ウエスト・ドルチェスター・ディストリクト・カウンシル(地方議会)は、この農業土地「パウンドベリー」を、1987年、地方の住宅需要に応えるため、都市開発地に選んだ。そして、プリンス・チャールスの都市論が、その地で実践されることになった。


パウンドベリーを歩くプリンス・チャールズ
(ナショナル ジオグラフィックより)
その都市論とは、1988年BBC放送で「ビジョン・オブ・ブリティン(邦訳:東京書籍「英国の未来像」)」として3日間にわたって取り上げられ、視聴者の99%がその主張を支持したものである。TV放映は同名の書籍として出版された。パウンドベリー開発は、そこで明らかにした「われわれが守るべき10の原則」を実践した事業である。


いわば、開発事業主であるプリンス・チャールズの「われわれが守るべき10の原則」を計画条件とし、ニューアーバニスト、レオン・クリエが計画者・設計者として纏めた事業である。ウエスト・ドルチェスター地方政府も、事業計画を策定する際のシャレット(註5)に加わって実施した官民共同のニューアーバニズム事業なのである。

註5:シャレット(仏: charette)、またはデザインシャレット、シャレットワークショップとは、アーバンデザインやまちづくりの手法の一つ。専門家が短期間に協同してデザインを行う。
本来はフランス語で荷馬車という意味。エコール・デ・ボザールの学生たちが、設計課題の提出日になると、荷馬車に図面を積み込み、学校に駆けつけて来ることから、「シャレット」という言葉が、短い時間に駆け込む(集中する)というような意味で使われるようになった。(Wikipediaより)
アメリカでは,ニュータウンの設計や許認可の審査において,関係部署,関係団体の担当者が一堂に会して作業を進める。関係者相互の意見を交換する機会が増え,参加者間の相互理解が進み,より良い設計・デザインを生み出す。何より時間が大幅に短縮される。本「サステイナブル・コミュニティ」より)
日本の官庁もこの方式を採用すべきと思う。

「われわれが守るべき10の原則」                     

1.ザ・プレース(場所):風景を蹂躙するな。

2.ヒエラルキー(序列):建築が自己を表現できなければ、
  建築物を理解することはできない。

3.スケール(大きさ):小さいものほど、より多くをもたらす。
  多過ぎるのはよくない。

4.ハーモニー(調和):聖歌隊とともに歌い(建築は讃美歌で)、
  そのリズムに逆らうな。

5.エンクロージャー(囲い込み):子供等に遊び場を与え、
  風はどこか違う場所で吹かせよ。

6.マテリアル(材料):材料は作るべきものに適したように使え。

7.デコレーション(装飾):むき出しな外殻とせず、詳細な装飾を造れ。

8.アート(芸術):ミケランジェロは、孤立する抽象彫刻を請負ったことはない。

9.サインズ・アンド・ライツ(標識と照明):公共の場に粗悪な標識を置くな。

10.コミュニテー(地縁共同体):住むべき人たちの意見を聴いて、住宅を建てよ。

(以上、10項目については、比喩的表現があり、解釈が難解なものもあります。)


「シーサイド」と「パウンドベリー」

シーサイド
プリンス・チャールズは、1888年のBBCで放映された「ビジョン・オブ・ブリテイン(英国の未来像)」では、著書の中の、TND開発事業・シーサイド(フロリダ)(註6)を紹介している。

この番組は、チャールズが戦後の機能主義という合理主義を背景にした1950-60年代の近代建築が地域の景観を破壊してきたことに疑問を感じ、70年代に入ってモダニズムに対する問題点を公式の場ではっきり批判をするようになっていった経緯を説明していた。

全く同じ時期に米国において、モダニズムと高速道路による郊外開発によるアーバニズムが、都市の個性の喪失とドーナツ化現象を生んだ。都心でも郊外部でも、住民の地域や地区への帰属意識が失われ、セキュリティの弱い都市が出現した。


日本では、「合理的な機能や性能の良い都市づくりをすれば、優れた都市となる」というアーバニズムの考え方が,現在でも大学で「都市工学」として教えられ,都市計画が推進されてきた。しかし、都市を都市工学的優位性で造ることは、人間にとって豊かな都市を作ることにならないという事実が、1970年代までに確かめられていた。

シーサイド
特に米国では、歴史的にセキュリテイの高い都市を実現するための調査が始まり、それは居住者が帰属意思のもてる、懐かしさを感じることのできる伝統的近隣住区開発(TND)であることが明らかにされた。その取り組みは、DPZ(アンドレス・ドゥアーニーとエリザベス・プラター・ザイバーグ)らによるマイアミ(フロリダ)を拠点とするアメリカ南部の都市調査に始まった。
その調査結果をもとに最初に取り組まれたTNDが,DPZとレオン・クリエによるシーサイド(フロリダ)である。この開発計画をプリンス・チャールズが知り、彼自身が考えていた都市の考え方と共通する理解により、DPZとレオン・クリエをプリンス・チャールズの領地に招き、今回見学したパウンドベリーの計画が取り組まれた。


註6:(TND)Traditional neighborhood development


ニューアーバニズムとアーバンビレッジ

TND開発は、その後、全米各地で取り組まれた。アメリカンドリームを実現する「資産価値が形成できる住宅地」として各地で取り組まれたサステイナブルコミュニテイ、地球環境を取り入れたエコロジカルな(グリーン)開発に先駆的に取り組んだ計画者、設計者が中心になり新しい住宅地の取り組みの原則・「アワニーの原則」を纏めた。そして、その原則を展開する都市づくりの考え方や手法を「ニューアバニズム」として纏め、世界で展開することになった。

英国のパウンドベリーでの街づくりは、ニューアーバニズムと基本的に同じ考え方である。プリンスチャールズはそれを「アーバン・ヴィレッジ」運動という形で取りまとめ、英国における国民の住宅により資産形成となる都市開発手法として展開してきた。

エトワール凱旋門を中心に
ニューアーバニズムでは、ジョルジュ・オースマンのパリ改造計画(註7)の考え方を明確にし、車と歩行者の関係を敢然と対立する交通手段として扱ったのに対し、アーバンビレッジは、事実上、車のスピードを人間の歩行者の行動を妨害できない程度に抑圧することが出来るならば、自動車交通が生活者を脅かさない時代に計画されたエベネッツアー・ハワードによるレッチワースガーデンシティのように、歩行者中心の歩車共存というT型フォードが登場する1920年代前の自動車と歩行者の関係として共存できると考えられている。

パウンドベリーの考え方は、ヨーロッパの既存市街地のように、自動車交通を消極的であるが受け入れている「ボンネルフ」(註8)と同じ考え方が採用されている。これは米国で最初に取り組まれたシーサイドにおいて、ロバート・デービスやDPZ,レオン・クリエらにより計画された道路の考え方は、「自動車の速度を安全とされる状態にまで確実に引き下げられるならば、歩車共存の道路を計画しても良い」として実施してきた。シーサイドやパウンドベリーを見る限り、自動車が歩行者空間に入っているが、「歩行者優先」を徹底的に実現している計画手法であるため、「歩車共用していても、歩行者の安全は第一にする」という仕組みに依存しているので、自動車が我が物顔に往来することを許すものではない。

シャンゼリゼ通り
コンコルド広場から凱旋門を見る
道路というより公園ですね!
註7:ジョルジュ=ウジェーヌ・オースマン(Georges-Eugène Haussmann、1809年3月27日-1891年1月11日)はフランスの政治家。1853年から1870年までセーヌ県知事の地位にあり、その在任中に皇帝ナポレオン3世とともにパリ市街の改造計画を推進した。入りくんだ路地裏をとりこわし、道幅の広い大通りを東西南北へと走らせた。また、凱旋門や広場から放射状に広がる大通りを建設した。この都市改造はフランスの近代化に大きく貢献し、現在のパリ市街の原型ともなっている。

オースマンは,都市は人びとのものであり、人々が交流するためには公園が必要と考えていたので,シャンゼリゼ通りに見るように,公園をつくる感じで道路を造った。





註8:ボンネルフ(woonelf):いわゆる「コミュニティ道路」のことで,車を徐行させる目的で街路を曲げたり屈折させたりして,あくまで歩行者優先で歩車道を一体化させた街路空間をいう。原義はオランダ語で「生活の庭」という意味。


フライブルクの環境都市の技法を取り入れた荻浦ガーデンサバーブ

ガルテンシュタット
フライブルク(註9)は、現在、世界で最も注目されている環境都市と呼ばれているが、そこには1920年代に開発されたガルテンシュタットという英国のガーデンシテイの街づくりの考え方を抜きにしては考えられない。緑と水と太陽をひとびとの生活空間に取り戻す取り組みが、フライブルクの既存市街地にも、ヴォーバン再開発にも、リーベルフェルトの新開発にも共通して取りいれられている。特に雨水を浸透する緑の大地と大きな樹木を住宅地に取り入れて炭酸同化作用と水の蒸散時に気化熱を奪うことにより、住宅地の気候を穏やかにする。




註9:環境都市として高く評価されるフライブルクの視察レポートが動画になっています。
英国・ドイツの"まちづくり"-5・田舎暮らし便り284号(蓼科より).mov


現在、福岡県糸島市で㈱大建が取り組んでいる「荻浦ガーデンサバーブ」(註10)も、松尾社長自身がレッチワース・ガーデン・シテイやフライブルクの環境都市や米国の多くのニューアーバニズムプロジェクトをつぶさに調査研究し、取り組んだ事業である。特に、そこでは緑と水と土壌というエコロジカルな環境都市に倣って、ヒートアイランド現象と全く逆な環境形成の小さな取り組みが行われ、エアコンをつけなくても快適に生活できる住宅地環境づくりを目指している。

註10:荻浦ガーデンサバーブ:下記URLに詳細な資料があります。
http://www.d-ken.jp/ideals4.html
荻浦ガーデンサバーブ【住宅基本コンセプト】 - YouTube(ステキです!)
http://www.youtube.com/watch?v=_Bgg8mxIurk


(特定非営利活動法人住宅生産性研究会理事長 戸谷英世) 
(下記URLには,たくさんの資料とメルマガのアーカイブスがあります。
特定非営利活動法人 住宅生産性研究会(HICPM)
〒102-0072
東京都千代田区飯田橋2-13-3 仁藤ビル2F
TEL:03-3230-4874 FAX:03-3230-2557
ホームページ:http://www.hicpm.com/
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