2020年3月7日土曜日

日本の農薬使用に関して言われていることの嘘

(編者感想)
 農薬を推奨している訳ではなく、有機農業を否定しているのでもなくて、
 人間の健康維持にとって、整合性のある考えだと思います。
 許される範囲の農薬使用で、最大限の人類の生命を救おうという理念だと思う。
 あえて、絞り込むならば、要点は下記の3点になると思います。

・農薬の使用基準は、多大な時間と予算をかけて、研究実施されている。
生きている限り、ゼロリスクは不可能だということを知る必要がある。
・人の健康に対する農薬のリスクは、
 野菜や果物の摂取不足によるリスクよりはるかに低い。


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『農業経営者』3月号
2020年02月28日


日本の農薬使用に関して

    言われていることの嘘

農薬と聞くと拒否反応が出てしまう――。過去のさまざまな報道からそのような捉え方をしてしまう人は少なからず存在する。しかし、その報道自体がそもそも嘘だったらどうだろう。「日本は世界有数の農薬大国」と言われるのも事実ではない。こうした農薬を取り巻く問題はヨーロッパでも起こっている。そこで今回、本誌にたびたび執筆している浅川芳裕氏と紀平真理子氏に客観的な視点で切り込んでもらった。ちまたには嘘がはびこり、その嘘が原因で民衆はあらぬ方向に向かってしまっている。


本当に日本の農産物が農薬まみれか徹底検証する/浅川芳裕

【「世界3位の農薬大国」日本は巧妙な統計操作によるもの】

最近、“国際的に見て日本の農産物は農薬まみれで危険”といった主張がメディアでよく目につく。果たして本当か検証してみた。たとえば、こんな内容だ。
「FAO(国連食糧農業機関)の統計によると、日本の農薬使用量は中国並みで、世界有数の農薬大国。日本の農業は長期間の『鎖国』で、すっかり農業後進国になってしまった」(拓殖大学国際学部教授・竹下正哲「『国産が一番安全だ』と妄信する日本人の大誤解 日本は世界トップレベルの農薬大国」PRESIDENT Online、2020年1月21日)
「あまり知られていないが、日本は世界3位の農薬使用大国なのだ。1位は中国、2位は韓国、3位の日本もじゃんじゃん使う」(堤未果『日本が売られる』幻冬舎新書、2018)
「日本の農産物の安全基準は世界最悪」(食の安全に詳しい内海聡医師)
「日本の耕地面積当たりの農薬使用量は、中国、韓国に次いで世界で第3位だ。(中略)しかし“大本営化”(御用メデイア化)したマスコミはこうした基本的データすら伝えず、『日本の農産物は安心・安全』という情報を垂れ流しているのだ」(日刊SPA!ニュース、2016年2月22日付)
いずれの記事も、FAOの統計をもとに「日本は中国、韓国に次ぐ世界3位の農薬使用量」との数値を引き合いに出している。それを根拠に日本は「農業後進国」だの「安全基準は世界最悪」だの言いたい放題だ。
まず、彼らが根拠とするデータは実在するのか。元ソースからチェックしてみた。
表1と表2をご覧いただきたい。引用した文献『日本が売られる』および『日刊SPA!ニュース』に記載されているグラフだ。たしかに日本は中国、韓国に次ぐ3位となっている。表3がまったく同じ出典から筆者が作成した表である。両者を見比べてほしい。日本の正確な順位は3位ではなく、11位である(最新統計の2016年版では16位となっている)。
一体どういうことか。多くの国々を除外し、農薬が危ないイメージのある中国や韓国を併記することで、日本を「世界3位の農薬大国」に仕立てあげる巧妙な統計操作を行なっているのだ。れは完全に虚偽であり、罪深い。もっともらしい国際比較で日本の農家があたかも農薬を滅茶苦茶に使い、国産農産物が農薬漬けのようなデマを蔓延させているからだ。れにしても、異なる2人の作者(堤氏と内海氏)がデマを流すために、たまたままったく同じ統計操作を施すことがあり得るだろうか(大学教授の竹下氏は中国並みというだけで、表さえ示していない)。普通は考えられない。
実は、同じネタ元から単純にコピペしているだけなのだ。なぜそう確信をもって言えるのかは簡単だ。表1の注釈を見ればわかる。2人とも統計にアクセスした日として、まったく同じ2013年8月4日と記しているからだ。そんな偶然の一致などあり得ない。
そこで、デマの元ネタがないかどうか探してみた。書籍の全文検索サービス「Googleブックス」で調べたところ、「田中裕司氏著『希望のイチゴ』扶桑社、2016」がヒットした。
その中の第3章に「日本は世界第3位の“農薬大国”」という項目があり、堤氏の『日本が売られる』とまったく同じグラフ(表4)が登場する。統計処理法、表題、脚注、そしてその誤字(正しくはFAOSTATをFAOSTALと誤表記)まで一式まったく同じだ。つまり、堤氏のグラフは『希望のイチゴ』からの丸パクリなのだ。

堤氏はその剽窃(ひょうせつ)したグラフをもとにして自分で調べた真実のようにこう語る。「1位は中国、2位は韓国、3位の日本もじゃんじゃん使う」―日本の農産物に対する不安を煽って終わりだ。本文中で、その統計が何を示しているのかさえ、一切説明しない。
いや、できない。日本農業を貶めることだけが目的で、もともと農業に対する知見もリスペクトもないデマゴーグたちだから仕方がない。
筆者が代わりに解説しよう。
このFAO統計が示しているのは「国別・耕地1ha当たり農薬使用量(有効成分の重量)」である。各国の農薬使用量を各国の耕地面積で割って計算される。もっともらしいが、面積当たりの農薬使用量は作物の種類や栽培方法、期間、病害虫の種類、密度などによってまったく違う。
以上の条件を一緒くたにして、この統計が示すのは各国の耕地面積1ha当たりの農薬使用量の平均値である。この平均が曲者である。それぞれの国の耕地において、果物など病害虫に弱い作物や施設園芸など狭い場所で密植する野菜面積の比率が高ければ平均値は上がり、それに比べ病害虫被害が少ない穀物面積比率が高い国の値は低くなる。
その証拠に最新統計(2016)の表5を見てほしい。面積当たり農薬使用量が上位に来る国は病害虫被害に遭いやすいトロピカルフルーツなど果物の生産が盛んな南の小さな島国が多い。
次に多いのはイスラエル(8位)、台湾(15位)、日本(16位)のように国土が狭く海に面した高湿度の農業先進国だ。施設園芸が盛んで、年中野菜を作っているから平均使用量は上がる。湿度が低く、冷涼な国でも、施設園芸の盛んなオランダ(19位)の順位は高く、日本とあまり変わらない。
ちなみに、冒頭で引用した拓殖大学の竹下・農業コース教授は、この農薬使用量比較で、イスラエルやヨーロッパ農業を礼賛し、「日本の農薬使用量は中国並み」「日本は農業後進国」「最先端技術を駆使したイスラエルの農法を学べば、日本の農業問題はほとんど解決できる」と豪語するが、支離滅裂だ。まず農薬使用量がイスラエル(8位)の方が日本(16位)より多い時点で自説が矛盾するだけではなく、さらに中国(10位)より低い時点で崩壊している。そもそも、この統計から各国の農業技術の優劣を比較している時点で農業の素人と言わざるを得ない。
一方、面積当たり農薬使用量の下位に来るのが仏・独・米などだ。作期が長く、農薬を年中使う果物や温室野菜と比べ、短い作期かつそもそも農薬使用量が比較的少ない穀物の面積比率が圧倒的に高いから平均は低くなる。

他方、穀物比率が高くても、二毛作ができる温暖な国では冷涼な一毛作の国より平均は高く出る。もっと言えば、面積当たり農薬使用量統計でさらに下位に来る国々は北欧や砂漠の国などだ。病害虫が越冬しづらかったり、乾燥地帯でもともと病害虫の密度が低いから農薬が少量で済む。
最下位層の国々になると気候もほとんど関係ない。そもそも化学農薬が入手できなかったり、使っても商品作物として価値が生まれない開発途上国が大半を占める。
国別の作物の種類、作り方、気候や経済状況を無視し、農薬平均使用量を国際比較しても意味がない。読者に正確な情報を伝えたいなら、国別の平均値ではなく、国別かつ作物別単位面積当たりの使用量を集計すべきだ。同じ作物別なら基準がそろい、ある程度は国際比較の意味が出る。
作物別なら同じコメ作りでも、たとえば日本、米国、中国の稲作比較で、どの国がどんな農薬を使っているのか。理由は何か。病害虫の種類やそれに応じた散布時期や方法、成分の違いは何か。たとえば、同じ成分でも国別に農薬の使用量や回数が違うのはなぜか。各国のコメの残留農薬基準はどうなっているのか。データを用い、ファクトに基づきながら、建設的な議論ができる。消費者に対しても説明可能である。
ここまで書いても、日本農産物の危険を煽るデマゴーグたちはおそらく理解できない。それ以前に、彼らの面積当たりの農薬使用量の大小だけで、その生産国の農産物の危険度を判定する論点がいかに雑かおわかりいただけただろう。



【人が摂取する残留農薬への言及はない】

そんなに日本の農産物の危険性を訴えたいなら、圃場での使用量ではなく、実際に人が摂取する残留農薬について言及すべきだが、それはしない。
筆者が彼らに代わって解説しよう。
そもそも農薬の使用基準は、「健康への悪影響が生じない」よう定められている。具体的には、農薬の対象作物ごとにメーカーから申請された使用方法で使った場合、どれだけ残留するのかを調べ、その値が残留基準値を超えないようにその農薬の使用基準が決められるのだ。
残留農薬値の設定にあたって日本では、食品衛生法に基づき「食品中に含まれることが許される残留農薬の限度量」を厚労省が設定している。具体的には「健康への影響を判断するための指標が二つ」設けられている。
「農薬を長期間(生涯)にわたり摂取し続けた場合に、健康への影響がないかの指標:一日摂取許容量(ADI)」(脚注1)および「農薬を短期間に通常より多く摂取した場合に、健康への影響がないかの指標:急性参照用量(ARfD)」(脚注2)である。

注1:ADI(Acceptable Daily Intake):ヒトがある物質を毎日一生涯にわたって摂取し続けても、健康への悪影響がないと推定される一日当たりの摂取量。
注2:ARfD(Acute Reference Dose):ヒトが24時間、またはそれより短時間の間の経口摂取によって、健康に悪影響が生じないと推定される摂取量。

食品を通じた農薬の摂取量がこれらの指標を下回ることを確認し、残留基準が設けられているのだ。
でもどうやって、人体が摂取する残留農薬を計算しているのか。それが「TMDI:理論最大1日摂取量」である。これは、「残留基準値×あらゆる食品の平均摂取量」で試算される。その意味するところはこうだ。
まず、残留基準の設定により、各食品に農薬がその基準いっぱいまで残留していると仮定(最大値)する。そのうえで食品ごとに当該農薬の摂取量を算出し、その値を全食品で積み上げることにより推定する値である(注:ちなみに、厚労省は日本におけるありとあらゆる食品の摂取量を調査。国民平均のTMDIのほか、幼小児、妊婦、高齢者といった集団ごとも調べている)。
ポイントは、その総和がADIを超えていないかどうかだ。
人の健康によって肝心なのは、消費される食品全体を通じた農薬摂取量であり、ADIに基づく残留農薬のリスク管理の視点である。
そうはいっても、上記の数値は理論上の推定量に過ぎず、実際に我々が日々の食生活で摂取している実際の農薬摂取量はもっと多いのではないか、という反論もあるかもしれない。
その疑いに対する回答は簡単だ。農薬のリスク管理制度は3点セットで、理論と実際が検証される仕組みになっている。
一点目がすでに解説した「農薬の残留基準値の設定」、もう一つが「残留農薬のマーケットバスケット調査」、そして3点目が「残留農薬のモニタリング検査」である。
マーケットバスケット調査では残留農薬の一日摂取量を調べる。市販の様々な食品を組み合わせ(各食品の国民の平均摂取量に基づく)だけではなく、食品に応じて煮る、焼く等の調理を加えたものをサンプルとして、残留農薬の検査を行うもの」(厚労省)だ。この調査により、「理論最大摂取量(TMDI)による推定に比べ、食事を通じて人が摂取する農薬の量をより実態に近く推定することが可能」(同上)となる。
毎年行なわれているが、これまでの調査結果を見ると、我々が実際に摂取
している残留農薬はADIの約100分の一程度であることがわかる。

ここから、残留基準値を超えないよう定められた農薬の使用基準によるリスク管理の仕組みが全体として機能しているといえる。
それでも、個別の農産物や輸入野菜等で残留農薬を超えるものもあるのではないか、という危惧を表明する人もいよう。この懸念に対応しているのが、まさに3点目の「残留農薬のモニタリング検査」である。
厚労省や自治体が輸入食品や国内流通食品に対して、残留農薬の抜き打ち検査を実施している。ニュースや地元でそうしたケースを見聞きしたことがあるだろう。残留基準違反は公表や廃棄等の措置が取られる。
そうした公的検査に加え、農産物の生産や流通に携わる業界では「残留農薬の自主検査」を行なったり、その前に生産者は防除暦を記録し、取引先に提出したりといったことが一般に行なわれている。
以上のような官民の努力を一切無視し、“国際的に見て日本の農産物は農薬まみれで危険”を主張する輩たちは皆、我々日本農業界にとって、信用棄損者であり、営業妨害者である。
今後もデマを続けるようなら、農業界が一丸となって抗議し、お詫びと主張の撤回を求めていくべきである。

もし世界に農薬がなくなったら? ヨーロッパにおける農薬危険情報の裏側と、求められる農薬の使用禁止への対抗レポート/紀平真理子

日本国内に限らず、ヨーロッパを含めた他国でも農薬に関する危険情報が主にインターネット上にあふれ、消費者による農薬への不信感が煽られている。具体的にどのような例があるのだろうか? さらにヨーロッパでは昨今、NGO団体や消費者から農薬の使用禁止が求められている。それに対して、欧州議会調査サービスが農薬に関するレポートを公開した。これをもとに農薬がない未来について考えてみる。

【「オランダの店頭に並ぶ農産物の5分の1から残留農薬」との報道に不安になる人々】

オランダにおける農薬に関する危険情報は「人に対して危険」という点より、「環境に悪影響を及ぼしている」という点で語られることが多い。しかし、人に対して危険だという噂がないわけではない。記憶に新しいのは、昨年12月にオランダの全国紙Trouwが、「オランダで販売されている野菜や果物の5分の1には、内分泌撹乱を起こす農薬が残留している」と報じたことだ。一部オランダ産への指摘もあったが、主にEU外からの輸入品と、スペイン産の農作物がやり玉に挙がった。同紙はこの残留農薬は、ホルモンバランスに影響を与える可能性があり、不妊症、先天性欠損症、肥満、糖尿病、ADHD、自閉症などあらゆる病気に影響があると述べた。さらに、記事の最後には、妊娠中の女性や赤ちゃんは有機野菜に変えるよう推奨している。この情報がオランダ語のみならず、オランダ在住者向けの英語や日本語のニュースサイトにも掲載された。面白いことに、オランダ人は比較的冷静であったが、オランダ在住の外国人消費者がこの情報で不安に陥った。

【Trouw紙記事の不可解な点】

(1)圧倒的に少ないサンプリング数
この報道には不可解な点がいくつかある。第一に同紙は、委託した調査と分析により、この事実が明らかになったと述べているが、具体的な委託機関は明示されていない。また、調査方法やサンプリング方法に関しても十分とはいえない。公表しているデータを見ると、たとえば最も危険だと指摘されたスペイン産ネクタリンは、67%から残留農薬が検出されたとあるが、サンプリング数はわずか12だ。少ない作物だとサンプル数5というものまである。また、残留基準値を超えた割合のみで、どの程度超過したか記載はない。NVWA(オランダ食品消費者製品安全庁)が行なった調査では、50前後のサンプル数で、総数5000以上。小売、加工、輸入機関など様々な市場セグメントからサンプリングをしたNVWAの調査と比較しても、総数が圧倒的に少ない。また、どこからサンプリングしたかも明記されていない。

(2)NVWA(オランダ食品消費者製品安全庁)のデータに模した形式
次に、NVWAの情報を参照したように見せた点である。同庁は2017年1月から2018年12月に「農産物の残留農薬調査」を実施した。Trouw紙はこの結果に基づいて調査を実施したと記事の中で触れているが、そもそもNVWAの調査目的は、主に輸入相手国とその農産物の組み合わせで残留基準値を超えていないか、また市場セグメントごとに注意するべき点を把握することで「リスクに基づいた管理のための注意点」を明確化し(表1)、必要があれば輸入時の規制強化を行なうためである。
NVWAはTrouw紙に対して、オランダ国内およびEU諸国の農産物の残留農薬は比較的少ないこと、Trouw紙の分析結果も確認できず、残留物質が内分泌撹乱物質であるかどうか測定はしていないと述べている。

ちなみに、ヨーロッパでも残留基準値(MRL)は日本と同様に、安全係数が使用され、100分の1で設定されている。そのため、見つかった残留農薬レベルがMRLの100倍高い場合でも、慢性的な影響はないとされている。

(3)出典の半分以上が反農薬団体の情報
Trouw紙の記事は半分以上が、60カ国以上600のNGO団体のネットワーク機能を司り、農薬反対キャンペーンや抗議を取りまとめるPANヨーロッパ(Pesticide Action Network/農薬アクションネットワーク)の発言や情報である。この団体の情報が引用されていることも、調査自体が偏っている可能性を否定できない。

(4)新聞の購読者層に求められる情報を提供
さらに、Trouw紙は、第二次世界大戦中に抵抗新聞として設立されたプロテスタント系の新聞であることにも注目したい。徐々に宗教色は消えていったが、今なお宗教、哲学を主軸にし、その他持続可能、自然、ヘルスケア、教育、科学を取り上げ、背景と意見に重点を置いて報道している。
オランダでは農業と宗教は密接に関係している。1920年前後に社会的、社会経済活動の側面においてカトリック、プロテスタント、世俗的の3つに分断されていた。当時発足したのが養豚や養鶏が盛んな南部と南東部に多いカトリック系の「knbtb(カトリック農民と園芸家連合)」と、畑作と酪農が中心の北部と中部、また施設園芸が盛んな地域に多いプロテスタント(改革派)系の「ncbtb(プロテスタント農民と園芸家組織)」だった。1800年代にオランダの農業部門の正式な代表機関として発足した「nlc(オランダ農業委員会)」と三分してこれらが「中央農業組織」となった。これらは「スタンドオーガニゼーション」と呼ばれ、同じ社会的課題と階級を持った農家を結びつける「階級ベースの圧力グループ」と見なされていた。
しかし1960年以降、国民の宗教離れが進んでいく。2015年のオランダ統計局(cbs)の調査では、カトリック信者が多い地域は「バイブルベルト」と呼ばれ、今もなお約半数が教会に通い続けている。先述のknbtbの地域はバイブルベルトに含まれる。一方で、プロテスタント信者は近年教会に通う人が減少している。農村部でも同様の動きがある。政党に関しても農村部の中高年層に支持されているカトリック政党とプロテスタント政党が合体したキリスト教民主アピール(CDA)やキリスト教連合(CU)は連立与党には入っているものの、近年は環境政党の緑の党(GL)やリベラル系政党の民主66(D66)が都市部の若者から支持を集め、得票数を伸ばす中で苦戦を強いられている。
新聞の歴史的背景や購読者層、近年の宗教離れを考えると見えてくることがある。従来の購読者層と、潜在的な新規購読者層が求める情報を提供したのではないかと考えてしまう。

(5)残留農薬が多いライバル国スペイン
同紙の購読者や支持者に多いであろう農家を批判するような記事は、一聞すると辻褄が合わないように思う。しかしこの記事では、店頭に並ぶ農産物のうち、主に「EU域外から輸入される製品」に残留農薬が多いことを指摘している。また、EU内のスペインもやり玉に挙がっている。「オランダの店舗で販売されているスペイン産のネクタリン、ブドウ、モモの約半分には、栽培中に散布される農薬による内分泌撹乱を起こす物質が含まれている」と言及されている。不思議なことに調査した32作物のうち、スペイン産の農産物が10を占める。NVWAもEU域内で、自国オランダとスペインの農産物のみ調査を実施しているが、残留基準値を超えた農産物の割合は2国間に差がない。低迷して苦しんでいるオランダ農家に対して、好調なスペイン農家。この報道は偶然なのだろうか?

【農薬がない未来のシナリオ】

オランダでの報道のような「農薬は危険」を根拠にした「農薬の使用禁止」を求める声がヨーロッパでは高まっている。それに対して、欧州議会調査サービスは2019年3月に「Farming without plant protection products-Can we grow without using herbicides, fungicides and insecticides?(植物保護剤なしの農業―除草剤、殺菌剤、殺虫剤なしで栽培できるのか?)」というレポートを公開した。このレポートから抜粋、要約して「農薬がない未来」について考える。

【変わる農薬の開発と重要性】

■農薬の開発やリスク評価にかかるコストも期間も増加
農薬などの植物保護剤の導入は非常に厳しく規制されていることはもちろんのこと、農薬を散布する技術も上がっており、環境への影響も使用者のリスクも低減している。農薬関連の活性物質ごとのリスク評価にかかる費用も、1995年の4100万ドル(約450億円)から7100万ドル(約780億円)に上昇している。それだけリスク管理がきちんと行なわれており、過去と比較しても、安全でかつ食品への残留を含めて厳しく管理されていることがわかる。また、農薬の開発コストも、厳しい規制に対応するため、1995年と比較して約2倍になり(図1)、開発期間も1995年の8.3年に対して、現在は11.3年を要する。

■農薬を使用しない場合の作物の損失
作物の損失は、主に雑草や病原体、ウイルス、動物の害虫によるものだ。農薬などを使用せず、作物を保護しない場合の作物損失の総量は「潜在的損失」と呼ばれる。また、「実際の損失」は農薬もしくは代替手段が使用された場合の損失をいう。世界的な潜在的損失と実際に起こっている損失は、作物や地域によって異なるが、潜在的損失はコメと馬鈴薯で80%、大豆で60%、小麦で55%である。実際の損失は、コメと馬鈴薯で約40%、小麦が30%、大豆が26%だ。図2を参照してもらうとその差は明らかだ。さらに、気候変動により、世界の平均損失は10~25%増加すると予測されている。
欧州議会調査サービスは、作物の損失から考えると、農家の収入安定と食料の安全保障のため、皆が食べ続けていくためには農薬を禁止する
ことは現実的ではないと結論づける。農薬の使用削減においても、管理が難しくなり、リスクが増加することも考慮する必要がある。将来的に農薬削減を実現する場合、精密農業の確立、耐性品種、モニタリングの改正、予測モデルなど手段が必要だ。

【消費者が信頼する情報は何か?】

■メッセージを単純化しすぎるNGO
レポートではNGOについても言及している。「一部のNGOはメッセージを単純化しすぎており、農薬は人間の健康と環境に対して『定義上』悪いと信じている一方で、農薬は農産物の品質や量を失うことなく、簡単に回避できると信じている」と指摘し、この単純なメッセージを受け取った消費者は「なぜ農薬が禁止されていないのか」理解できていないという。
グリホサートに関しても、EFSA(欧州食品安全機関)とECHA(欧州化学機関)は発がん性がないと結論づけたが、100万人を超えるEUの消費者は、欧州委員会にグリホサートの使用禁止を求めた。面白いことに、この運動の最中、ベルギー市民はグリホサート関連製品を買いだめし、庭で使用を続けていたという。

■科学者や規制機関よりNGOからの情報を信頼する消費者
この背景には消費者が「誰の発言を信用しているのか」が影響している。1999年にEU内5カ国で実施した調査では、消費者の40~60%がNGOから発信される食品安全に関するメッセージを信頼していた。一方で、科学者を信頼する消費者の割合は、29~49%と低かった。また、規制機関の信頼度は9~27%と低く、農業、農薬業界は消費者の2~6%しか信頼されていなかった。

【消費動向と小売業者から考える農薬との付き合い方】

■「農薬は危険」コミュニケーションはオーガニック製品の購入を誘引せず
消費者は農薬の使用削減や禁止を求める。しかし同時に、農産物の見た目や品質にこだわる。調査において、見た目が良くない農薬不使用の農産物は、割引された場合のみ完売するという結果が出た。購入意欲の変化のための要因の一つは情報であり、農薬に関する危険情報が出た後に、消費者はオーガニック製品を購入する意思を表明するが、結局のところ第一選択はやはり味だ。ヨーロッパにおいて、一般的にオーガニック製品の市場価格は約2倍である。支払う意思がある価格と、現実の価格のギャップを埋められないことも、オーガニック市場のシェアが5%未満と小さい理由である。「農薬は危険」というコミュニケーションは必ずしも、オーガニック製品の購入を誘引できるわけではないということを覚えておく必要がある。また、このコミュニケーションによって、反対に消費者が農産物自体を購入する量が減少してしまう可能性もある。



■小売業者の独自基準は倫理的、農学的に疑問

また近年は、小売業者により残留農薬の法外要件が追加されるケースが多い。これは、小売業者が追加基準を定めることで、差別化を図ろうとしているためである。スーパーマーケットは野菜や果物の流通の70%を占めるため、農家は要件を満たそうとする。しかし、リスクを農家がすべて負うことは倫理的にいかがだろうか? 数カ月間貯蔵した際、農薬を使用しないがために病気に感染して販売できない場合の責任は、すべて農家にあることになる。また、現在の残留農薬分析で検出されないマイナーな農薬を繰り返し使用するリスクもある。これは、消費者にとってもネガティブな影響が出るため、避けなくてはいけない。

【農薬がない未来はどうなるのか?】

■1人が食べていくために必要な圃場面積は技術の進歩とともに減少
万が一近い将来、農薬の使用が禁止されたら、どのようなことが起こり得るだろうか? 同レポートでは、農薬がなければ、収量は小麦で19%、馬鈴薯で42%減少することが報告されている。そうなると、農薬がない未来では10億人が食べられなくなる。
では1人を食べさせるためにどの程度の圃場サイズが必要なのだろうか? 1960年には、約12億8000万haの農地で30億人を食べさせていた。つまり、1人当たり0.43ha程度かそれ以上の圃場が必要だった。しかし現在は、技術の進歩で収量が上がり、約17億5000万haで75億人の人々を食べさせることができるようになった。これは1人当たり約0.23haで、1960年の約半分の面積だ。ゲノム編集などの技術をさらに活用すると、2100年には平均0.16haで1人を食べさせることができるようになる。レポートでは、この状況の中で農薬の使用を禁止し、収量を減らしてしまうことは得策ではないとしている。

■有機農家にとって考えられる最悪のシナリオ
昨今、有機栽培に転向する慣行農家が増加傾向にある。その背景は、慣行農家が農産物の販売価格が低すぎ、十分な収入が得られないことを理由に有機栽培に切り替える場合が多い。しかし、需要と供給のルールをきちんと把握する必要がある。ヨーロッパにおけるオーガニック市場はニッチであり、ニッチ市場への供給が満たされると、価格が慣行栽培と比較すると「低収量」で「高廃棄」だという点をカバーできないレベルまで低下する。これが現在の有機農家が恐れているシナリオだ。

■低所得者層が野菜や果物を食べられなくなるリスク
さらに農薬の使用が制限、禁止されたとしたら、食料価格が上昇することが予想される。価格が上昇すると、低所得者が購入できなくなり、果物や野菜から安価な高脂肪分や砂糖食品に切り替わる可能性がある。人の健康に対する農薬のリスクは、野菜や果物の摂取不足によるリスクよりはるかに低い。

■人生にはリスクゼロは不可能
ヨーロッパではALARA(合理的に達成可能な限り低い)原則に従っているが、科学的には「ゼロリスク」は存在せず、「許容可能なリスク」に分類される。ゼロリスクを求める人が農薬禁止を主張するが、「道を歩くリスク」「微生物汚染の可能性がある食べ物を食べるリスク」「野菜や果物の代わりに砂糖や脂肪を食べるリスク」はどうなのだろうか? 生きている限り、ゼロリスクは不可能だということを知る必要がある。
しかしながら、農薬や現代の技術を活用して収量増加を求めると、表層水の富栄養化、酸性化、生物多様性の損失など環境に対しての副作用もあることは忘れてはいけない。食料供給を安定して行なうと同時に、環境に配慮し、また食品ロスなどを考慮しながら、「その環境で最適な栽培」と、「実際に行なわれている栽培」のギャップを埋め、収量を上げる「持続可能な緑の革命」が必要となる。そのためには、農薬はもちろん、肥料、かんがいシステム、新品種、栽培技術と育種技術を組み合わせて活用していくことが重要だ。
これはヨーロッパに限らず、全世界に共通する課題である。

参考資料
Trouw: Groenten en fruit zijn vaak vervuild met hormoongif
https://www.Trouw.nl/duurzaamheid-natuur/groenten-en-fruit-zijn-vaak-vervuild-met-hormoongif~b14bcc2c/
Residuen van gewasbeschermingsmiddelen op groente en fruit/Overzicht van uitkomsten NVWA-inspecties januari 2017 ? December 2018
Five centuries of farming ? A short history of Dutch agriculture 1500-2000/Jan Bieleman

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